友人Aの話。
Aは私が小学2年生の5月頃に、
私の住む田舎へと引っ越してきた。
親が「新学期に間に合わなかったのかな」と言っていたので、
引っ越してきた時期ははっきり覚えている。
Aはいつもにこにこしていて、
なんでも1人でこなそうとする頑張り屋さんだった。
高いところの黒板消しも、私だったら先生に頼むのに、
Aは椅子を引っ張ってきて自分で消そうとして、
危ないからやめなさいと注意されたりしていた。
でもどんな仕事も丁寧にやるし、
誰かが何か困っていたらすぐに手伝いにいってて、
先生は「みんなAちゃんを見習いましょう」と
Aちゃんを褒めていた。
そんなAと私は比較的近所で、行きも帰りもよく一緒に帰ったんだけど、
Aは家に帰らず近くの空き地に行くことが多かった。
公園じゃないから遊具もないし、
入れるのは除草されている少しの空間だけ。
Aに「なんで空き地に行くの?」と聞いても、
「家に帰っても暇だから」と
曖昧な答えが返ってくるだけ。
話し足りないときは一緒に空き地に着いていったけど、
飽き性な私は母とおかしが待つ家へと直行することが多かった。
でもある日、すごい大雨になり、
「これはやばい」と思った私は、
いつもどおりに空き地に行こうとするAを無理やり
我が家へと連れ帰った。
母にはAのことをよく話していたので、
「連れてきた!」というと、
普通に「いらっしゃい」と出迎えてくれた。
家では普通に宿題したり、遊んだりしたんだけど、
Aはやっぱりというかものすごく礼儀正しかった。
そしてその上、何かと私のことを褒めていた。
○○(私)ちゃんのこういうところがすごい、
と対してすごくないことを褒められるのは
小っ恥ずかしかった記憶がある。
Aが帰る頃、母が何かをAと話していて(私には聞こえないように喋っていた)、
Aが帰ったあと、母は「これからAちゃんと一緒に家に帰っておいで」
と言ってきた。
それから、Aは毎日私の家に来た。
最初は遠慮していたけど、私が一緒に遊びたいと駄々をこね、
母がAちゃんがいると○○(私)が宿題をちゃんとやるのよね、
と話していると、普通に来るようになった。
それでもやっぱり礼儀正しいし、私のことを褒めるし、
お菓子も私が欲しいのをくれたりと謙虚。
Aは夜の7時頃になると帰っていって、
どんなに母が勧めても夕飯までは食べなかった(夕飯の支度をしだすと帰っていく)
そんな生活はAが
「家の鍵を貰えたから、これからは自分の家に帰るね」
と言ってきた4年生まで続いた
その後もAとの縁は切れず、
進学して離れ離れになっても手紙やメールで連絡を取り合い、
半年に1,2回は会っていた。
そしてこの間、久しぶりにAが我が家へと
遊びに来たんだけど、母も交えて昔の話で
盛り上がっていた。
普通に皆でけらけら笑っていると、
母がしんみりした様子で、「Aちゃん、元気になったねぇ」と呟いた。
私はどういうことか分からなかったんだけど、
Aははっとして「はい、すっごい元気です」と笑った。
話を聞いてみると、家に遊び来ていた時のAは、
とにかく私の親に嫌われまいとして行動していて、
でも子供だったからその意図が見え見えだったと。
礼儀が正しいのは当たり前として、
私のことをやたら褒めていたのは
「自分の子供を褒める友達は疎ましがられないだろうから」
という考えからだったらしい。
母は大人の顔色を伺いながら行動する
小学2年生のAを見て、この子はどんな環境で
育ってきたんだと可哀想に思い、
家に呼ぶようになったと言う。
でも大人になった今は普通に行動しているAを見て、
「良かった」と思えたらしい。
実はAは離婚した母親に引き取られる形で
こっちに引っ越してきたものの、Aを疎む母は家の鍵をくれず、
ずっと外で母の帰りを待つ日々だったらしい。
私の母はそのことにうっすら気づきながらも、
よその家庭に口出しするのは…と静観していたが、
我が家に来たAがあまりにも健気で可哀想で、
Aを家に招く一方、どうにかしてあげたいと
学校や児相に相談していたらしい。
結果、Aは小学校卒業時に父方の方に引き取られ、
そこで平穏な暮らしを得たという。
ちなみに私はこの話をその席で初めて知った。
小学2年生でそこまで頭が回るAもすごいと思ったし、
母が意外な行動をしてたことにも驚いたし、
結果として今現在のAが元気なのはよかったなぁと思う。