学校から帰ってきたら、母「もうこの家に住まれへん」黒服「2,000万の借金返しな」

私が小学校高学年の頃、父が9桁の借金を作った。
いろんな人に借りまくって、膨れ上がったみたい。

学校から帰ってきたら、
普段パートに出ている母がマンションの前に立っていて、
どうしたのかと尋ねると「もうこの家に住まれへん」
と泣き出したのが第一の修羅場。

私は幼すぎたので
あまりちゃんと話されなかったのだけど、
母は父と一緒に再建しようと、
何件かの連帯保証人になってしまった。

脅されてならされたのもあったと思う。

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数日後から父は逃亡。
私たちに残されたのは
いくつかの連帯保証人になってしまった借金。

我が家には毎日嫌がらせのようなFAXと
怒鳴り声の留守電が入っていた
(当時まだ携帯なんかなかった)

父からの連絡が入る可能性もあったため、
FAXと留守電はオフには出来なかった。

年齢的に私が一番最初に家に帰るので、
それを目の当たりにしたり、
電話がかかってきたら
応対しなきゃならなかったのが第二の修羅場。

母は必死で働いてたし、高校生の姉も支援して
すこしずつでも借金を返そうとしていたけど、
何せ件数が多かったので、全然まともに返せない。

ある日、一番借金の額が大きい人
(確か2000万ぐらい)が黒服の方々を連れてきた。
多分本物の893さんだと思う。

その日、熱を出して寝込んでいた母を、
母の実家に連れて行って金の無心をさせると言う。
母は、祖母には知られたくないと抵抗するも、
黒服さん5人ぐらいに囲まれて本当に怖かった。

そこで、なぜか私のスイッチが入り、
「お母さん今熱出してるやん。
倒れたら働かれへんくなって余計お金返されへんで」
とのたまった。

黒服さんの一番偉そうな人が、
「お母さん倒れたら、お前らどうやって生活するんや」
とニヤニヤしながら聞いてきたので
「そんなもん、私が新聞でも配達してなんとかしたるわ!」
と啖呵を切った。

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多分これが第三の修羅場(家族的にも)

それを聞いて大笑いした黒服さんたちは、
「今日のところは帰ったる」とお帰りいただけた。

後日なぜか私宛に、高そうなブドウと、
図書券1万円分が届いた。

いただいていた名刺に電話をかけると
(今思うと何故母は私に電話をかけさせたんだろう)
「お母ちゃん大事にし。
ほんで、しっかり本読んで勉強し」とのこと。

その後、893さんはその2000万ほどの借金を
800万ぐらいで債権者から買い取り、
その800万を893さんに返すことで、
借金をチャラにしてくださるという。
かなり借金を小さくしてくださった。

私は中卒で働こうとしたが母に高校は出ておけと言われ、
奨学金で公立高校に通いながらバイトをしまくって、
母、姉と一緒に借金を返した。

高校の間は月に10万ぐらいしか稼げなかったから、
家に8万しか入れられなかったけど、
高校出たあと就職したら20万くらい貰えたので、
家に15万入れてた。

余ったお金は奨学金の返還と、少しだけ貯金をしていた。
気づいたら、借金は無くなってた。

母に、もういいよ、ありがとう。
って言われた時が本当に嬉しくて嬉しくて。

893さんたちは、あれっきり家には来てなかった。

あとから聞いた話では、私の啖呵と、
母が単身で893の事務所に乗り込んだという
誠意の見せ方が気に入ったとのこと。

なんでも、遠方から893さんが
複数名母に会いにくるというものだから、
その人たちの交通費や宿泊費のことを考えたら、
自分が一人で行ったほうがいい!と思ったそうな。

この事実を知った時が
もう何度目かわからない修羅場だった。

空気すぎるダメ父親の3回忌が過ぎたので、
思い出しカキコ。

以上です。長い割に大した修羅場じゃないなこれ。
書き逃げみたいになりますが失礼します。

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