中学からの親友に聞いた話。
彼女の出生時、大量出血などで母親は死亡。
一度も我が子を抱きしめる事なく逝ったそうだ。
父親は無口で優しかったが出張の多い人で、
彼女は祖母に育てられたらしい。
彼女は昔からものすごく人に気を使い、
とても明るい性格だった。
36で遅くなったが結婚し、出産。
無事に子供は生まれたものの、
その頃から彼女は壊れていった。
どうしても我が子を愛せないらしい。
ある日心配で見に行くと、
泣き叫び汚物臭のする赤子。
彼女はそのかたわらで、耳を塞いで震えていた。
私に子供はいなかったが、
とにかく赤ちゃんにミルクを飲ませ、オムツを換えてやり、
当時出張中だった彼女の旦那に、
すぐ戻るように電話を入れた。
急いでも帰りは夜になると言うので、
それまでいる事に。
子供のように泣きじゃくる彼女は、
「どうやっても可愛いと思えない」
「泣かれると殺したくなる」
と病的な発言。
育児ノイローゼだったんだと思う。
夜には旦那も戻り、育児協力と彼女を診療内科に連れて行く事を
約束させ、私はその場を後にした。
その翌日の仕事帰り、彼女の事が気になって仕方なかった私は、
すぐに彼女の家に向かった。
胸をしめつけられながら開けた玄関の中に立っていたのは、
晴れやかな顔をした彼女だった。
そして腕には、ぐっすり眠る赤ちゃんが…
「昨日はごめんね~」
とあっけらかんとした彼女にあっけをとられ、
私はその場に座り込んでしまった。
で、落ち着いたところで話を聞いてみて驚いた。
昨夜泣き疲れて、子は旦那に任せ眠ってしまったらしい。
そして夜中、少し息苦しく目を覚ますと、
若い女の人が涙を浮かべ彼女を抱きしめていたそうだ。
あまりの事に固まっていると、
「これが母親の愛情よ、覚えておきなさい…」
そして、
「抱きしめてあげられなくてごめんね」
と消えてしまったそうだ。
…それは写真でしか見た事がない、
彼女の母の霊だったらしい。
それから彼女は居間へ行き、
改めて我が子を抱きしめてみると、
「今まで感じた事のない、愛しさと涙が溢れだした」
と言っていた。
『愛せなかった』のではなく、
『愛し方を知らなかった』のだと思う。
それを、一度も彼女を抱けなかった母が
教えにきたのだと思った。
今では彼女は立派な親バカ。
ただひとつ、母親の霊は自分より一回り以上若かった事が
悔しいと笑っていた。