高校の卒業式の翌日両親の子供じゃないことを聞かされた

高校の卒業式の翌日に両親が妙に畏まって
話があるから座りなさいって言われて何事かと思ったら
俺が両親の子供じゃないことの告白だった。

高校を卒業したら話そうと前々から決めてたらしい。
それまで全く考えたこともなかったから
ショックよりも「なんで?」って感じだった。

なにがどうなってそうなったのか、
過程が知りたかった。
全く繋がってないのか、
本当の両親が誰かさえ分からないのか
そこらへんを詳しく知りたいと思った。

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そんな俺の態度が両親にとっては想定外だったらしく
全く取り乱すことなく質問して来る俺に
却って両親の方が慌ててしまい
「ちょ、ちょっとタンマ」とか言い出して
母が珈琲を淹れて、3人でゆっくりそれを飲み、
落ち着いてから1から話してくれた。

かなり長い話になるから簡単に書くと、
母には妹がいたんだけど、
子供がうまれてすぐに命を絶ったらしい。
フリン相手の子供で認知すらされず
捨てられたことを悲観しての・・・
だったそうだ。

その子供が俺で、
姉である母が引き取ることにしたらしい。
本当の父親が誰かについては、
最後まで言わなかったそうだ。

両親は、予定では命を絶ったとかについては触れず
しんだ妹の子を引き取った、父親も既に亡くなっている
・・・ぐらいのつもりだったらしい。

でも息子はきっとショックのあまり
話しても耳に入らないんだろうなとか
部屋に閉じこもったりしたら、
どう言って自分たちの気持ちを伝えようかとか
そんなことばかりシミュレーションしていたようだ。

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色んな場面を想定して、
そのどれとも違う反応だったから
あわわ、ってなったらしいんだなw

当時彼女がいたことない高校生だった俺には
言われてもピンと来なくて
実の母親が叔母に当たる人だった
ということだけが救いだった。
片方だけでも全く繋がってないわけじゃなかったから。

そして全く繋がっていない父が、
そんなことを全く感じさせないぐらいに
父親らしく俺を育ててくれたことへの感謝で一杯だった。
よく一緒に釣りとか行ったし、
魚拓を一緒に取ったりしたし。
俺にとっては唯一無二の父親だった。

ただ一つだけ気になったのは、
うちの両親は親戚付き合いをほどんどしない人だった。
単に付き合いの薄い関係なのかなと思ってたけど
後に大人になって思ったのは、
俺に余計な情報を入れさせない為だったのかなと。

あと、たま~に会う父方の祖母が
今思えば孫を見る目つきじゃなかった。
何も知らなかった頃は
ガキが嫌いなんだと思ってたけど
きっとそういう経緯の子供が
身内に入ってくるのが嫌だったんだろうな。

そんな事を考えたら、
俺の為の両親の苦労を想像すると辛かった。

大学の4年間は恩返しの事ばかり考えたけど、
結局ちゃんと4年で大学を卒業して、ちゃんと就職して
親がそうしてくれたような
家庭を持つことしかできないなと思った。

そして先月、孫の顔を見せてあげることができたので
記念に投下。

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