旧家に嫁いで待望の跡継ぎが生まれた。しかし、下半身麻痺の障害児でした・・・

今から25年も前の事だけれど
新潟のとある旧家の嫁をしていた私です。

跡継ぎが70年近くも出来なくて3代養子が続き
親類兄弟の多い実家の長女である私が
嫁に抜擢されて嫁ぎまして、2年後男の子を出産しました。

婚家ではやっと出来た跡継ぎに大喜び。
町を挙げての大騒ぎ。
料亭を貸し切って三日三晩のお披露目に
お手柄金星の嫁ともてはやされたものでした。

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ところが息子は片言話はするものの
いつまでたってもハイハイができず、
調べてみたら四肢体幹機能障害があり、
下半身麻痺の障害児でした。

婚家ではこの事実を隠したかったので
子供を奥座敷に隔離して
昼間は絶対に外に出さない事をいわれて
育てていたのですが、
庭に来るスズメやウグイス
まわりで鳴く牛や鶏の声に興味を持ち
絵本や写真を見せていました。

ところがある日

「あー もーもーさんがないてる。
 ぼく もーもーさん見たいけれどダメだよね。
   でも みたいなぁー もーもーさん。」

と言い出しました。

このままではこの子はちゃんと育つ事が出来ないと
一大決心をして離婚することにしました。

当時は子供つれて離婚なんて考えられない
しかも障害児を一人で育てるなんて・・・・
と悩みに悩んだものですが
あっさり離婚が認められて、
私は医療の先端である東京へ
新しい道を進むべくやってきました。

いろいろ苦労はあったけれど
息子と一緒に乗り越えて、今年息子は親元を離れて
仲間と一緒に独立してがんばって暮らしています。

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あの時 離婚を決意して東京に出てきた事
本当に良かったと思っています。

今は私も子育てが終わるまで待ち続けて
見守っていてくれた人の家でお味噌汁を作る毎日です。

遠かった旅も終わって、
これからはその人と共に歩んでいこうと
7日に籍を入れる予定です。

歩けなかったら
担ぐなり背負うなりすればいい事で
時には台車に乗せて
台車カー いきますっ!!
なんていって走ってみたり、

海に連れて行ったときは
ソリに乗せて砂浜移動させたり

いろんな事二人で考えて
克服していったりしていたので結構楽しかったのです。

ひょっとして苦労じゃなかったのかも。w

苦しいところに楽しみを見つけるのが
得意とするようなところがありまして
根っからの楽天家とまわりにいわれています。

真っすぐ見てしまうと大変さばかり見えてしまうものも
斜めから見ると面白い隙が隠れていたりして
取り方次第で、楽に乗り越えられたりするものです。

今大変なところにいるみなさんも、どうかがんばって

お金がないときなど田んぼの落ち穂を拾ってきて

「これからごはんを作る事にするから
 どしたら食べられるか考えよう! 」

とかいってフォークで米粒を取って瓶に入れて
菜箸でつついて殻を取って玄米食べてたときもありました。

でもそういう体験はとても小僧にとって有意義で
楽しかったと思っています。
手に豆つくって 米をつく みたいな。

スレ汚しすみませんでした。ペコリペコリ

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