高校の時に付き合っていた彼女がいた。
俺は難聴でその頃まで「めんどくさい」とか「カラオケ行けないじゃん」とかで
振られたりすることが多く恋愛はしたくないって思ってたんだ。
だから、彼女が出来て凄く楽しかった。
もう毎日毎日一緒にいたよ。
彼女は俺の為に手話を覚えてくれたり、
筆談する為に常にメモ帳とペンを携帯してくれてた。
やってくれと言わなくても察してくれて気遣いがあり、
俺なんかにはもったいないと思ってた。
カラオケも音痴だけど採点見ながら一緒に歌った。
音痴なのに、笑わなかった。バカにしなかった。
やがて俺は高卒で就職し、彼女は進学も就職もせず地元にいると言った。
就職してから半年後、彼女はいきなり神奈川に引越す事になると言った。
遠距離は辛いから別れようと言われた。
俺は遠距離でもいい。仕事頑張って休みに会いに行くと約束し、交際は続けていた。
当時は北海道にいて、仕事は引越作業だったから休みは不定期で決まった休みはない。
前日にいきなり休みが分かる感じ。
それでも、仕事で移動中や休みはメールして、
毎日「おはよう」「お休み」ってやり取りしてたんだ。
そのまま神奈川に行く事も出来なかったけど、
彼女から元気な様子や笑顔の写メを毎月貰い見て頑張ってた。
別れてから1年後、いきなり連絡が来なくなった。
何故だ?どうして?と思ったけど場所が分からないし、仕事も簡単に休みは貰えない。
連絡取れなくなって2ヶ月後、彼女の名前でメールが来た。彼女の母親だった。
内容は、
????(彼女の名前)の母親です。俺さんで合っていますか?
娘は今危ない状態で、短くて2ヶ月、長くても半年しか生きられません。
どうか会いに来てやって下さい。忙しいのは百も承知ですし、
それでも貴方にだけは会いに来て欲しいと思います。
俺は良く分からなかった。
いきなり連絡取れなくなって、いきなり危ないって?え?って。
仕事は私情を挟む場ではない。
でもそんなこと言ってられない。
上司に有給を頂ける様伝えたけど拒否された。
どうしようか迷ったけど、本当に最低だとは思うけど、
わざと物損事故を起こして関東ブロックの研修に行くようにした。
物損事故の金額が10万など高額であれば研修と称して本社や地方に行く事が出来る。
幸い俺が行く研修場所が神奈川にあるのを知っていた為に出来た。
お客様には本当に申し訳ないけど、大理石のテーブルを荷台から落とした。
約15万。この物損をした後すぐに取り寄せお客様には謝罪、
支社の人間から責められたけど俺にとっては正直どうでも良かった。
研修に行き、1週間しかいられない…。
場所は事前に聞いてはいたが道が解らず調べていたけど
研修と現場の仕事で疲れてしまった。
焦りもあるし本当に情けなかった。
なにも出来ず、北海道に帰る羽目になる。
帰社後、すぐにブロック長に土下座して
「神奈川にある支社に行かせて下さい。どうしても行かねばならないんです!」と頼み込んだ。
ブロック長は「ふざけるな!お前1人の為に会社は回ってない!」と叫び、殴って来た。
と、同時に「そんなに行きたいなら行け!今から電話してやる!」
と言われ、すぐに相手から来ても良いと言う返事が来た。
その日は仕事帰りに自分の荷物を全て纏め次の日の夜にトラックに詰め込む。
そして、自分は飛行機に乗り荷物は後日混載便で届けてもらう様になった。
着いてすぐに挨拶し、3日休みがある為病院を探す事にした。
彼女のいる病院は地元の駅から約1時間。受付に着いて彼女の名前を言い病室に行った。
入る前に深く深呼吸をし、気持ちを沈めドアをノックした。
中から彼女の母親が出た。俺の顔は初めて見るはずなんだが、
「俺さんですよね!?来て下さったんですね!ありがとう。本当にありがとう!」
って泣かれた。
どうやら彼女の携帯の待ち受けが俺の写メになっていたらしい。
1年半振りに見た彼女は、ガリガリで、髪が無く、腕に沢山の管が付いてた。
もうね、泣きたく無くても涙が溢れたよ。
嗚咽か解らんが、「うぇっうぇっ」って感じなのかな?自分じゃ解らないやww
彼女、一言目の第一声が「なんで来たのよ!」だった。あんなに怒った顔は初めて見た。
ふざけて後ろから抱き付いても、何をしても怒らなかった彼女が、見舞いに来て初めて怒ったwww
見て泣き止んだwww「元気じゃん!」って泣いた照れ隠しに言ってやったww
母親はいつの間にかいなくなっていて、久しぶりに2人きりになった。
今まで何をしてたのか、元気だったか、嫌われたかと思ったとか、色々話した。
本当に久しぶりに手話で話した。彼女の腕も指も細くてまるで骨の様だった。
彼女は、神奈川に引越したのは白血病を治す為、仕事始めたばかりの俺に迷惑をかけたくなかった、
本当は高校卒業前から白血病だとわかっていた、
毎月送った写メは元気な頃の姿を撮りだめしていたと話してくれた。
なんかもうね、バカじゃねぇの?俺に迷惑かけたく無いとかバカじゃねぇ?
泣いたwww
こんなに苦しんでいたの俺は知らなかった。俺なんて大馬鹿野郎だって思った。
それから毎日毎日仕事終わりに見舞いに行った。
夜遅くても必ず起きて待ってるんだよあいつ。楽しみにしてるよ〜って。
けど、長くて半年だった筈が余りにも呆気なく終わった。
仕事が終わり見舞いに行く途中で母親から連絡が来た。急いで走った。
多分マッハだね!人生で一番全力で走ったね!
100m多分世界記録狙えたわって位走った。肉離れになってたからな。
病室に着いたら、母親が泣いて彼女にしがみついて取り乱してた。
医者は5人で慌ただしく動いてた。俺は、全てが手遅れだと思い崩れ落ちたよ。
汗だくで座り込んだ俺に母親が気付き、
駆け寄って来て「何故あの子なの!!どうして!!」って叫んでた。
気づかなかったけど、
彼女の父親もいて、胸倉掴まれて
「何故うちの娘を選んだんだ!」みたいな事言われて殴られた。
俺氏ボー然www
「うぇあ」みたいな感じwwwww
医者に止められて、2人は病室から追い出された。
俺は鼻血出しながら泣いてしまった。
彼女の顔見てたら、無性に恋しくて、無性に悲しくて、
なんて言葉にしたらいいか解らないくらい切なかった。
医者が消えた後、1人になった時にそっとキスした。
冷たくて、鼻血の味して、涙が止まらなかった。
あぁ、これが死かって思った。
頭はぼーっとしていて、なんとなくだけど、
彼女の声で頭に今までありがとう!みたいに聞こえた気がした。
葬式で、彼女の棺の前に跪き形だけの結婚の真似事したったww
左手を取り、薬指に200万した指輪をはめた。俺も指輪をはめて、
皆がいる前で彼女に向かい永遠の愛を誓った。
多分、生きてる間にしたかったんだろうな。今でもたまに思うけど、答えは帰ってこない。
ダイヤをはめた彼女は、眠ってる様だった。今にも起きそうな、そんな感じ。
ウェディングドレスのまま、横たわる彼女は綺麗だったよ。
また、泣いてしまって、彼女の親戚の子供に慰められた俺氏www
ここまでが第1の修羅場。
第2の修羅場は、葬式後彼女の家に初めて行ったんですが、
その時に日記と遺書を渡されました。
遺書には、
「俺君へ
今何をしてるかな?疲れてないかな?ちゃんとご飯食べてるかな?色々話したいこと、
行きたい所が沢山あるけど、私のせいでごめんね。もう体限界なんだって。
私ね、貴方に初めて会った時一目惚れしたんだよ。
こんな病にならなければ、もっとエ〇チしたり、デートしたり、
結婚して、子供産んで、老後に幸せだ!って言える最期を勝手に夢見てたの。
貴方は、難聴で子供なんていらない、遺伝したら子供に自分と同じ人生を歩んでほしくないと
言ってたけど、それは悲しいよ。
貴方は優し過ぎると思う。
貴方は頑張り過ぎだと思う。
だから負担になってしまうことも沢山あると思うな。
早く私を忘れて新しい人を見つけて下さい。
なんて言っても貴方は引きずるよね。
本当はね、もっと生きたい!もっと話したい!もっと貴方の事を知りたかった!
年とったらどんなおじさんになるのかな?
生きたいよ。
ごめんね。
許してね。
今まで好きでいてくれてありがとう。さようならは言わないね。また、いつか会いましょう。」
日記には、
「2月3日 今日はいよいよ引越す。本当の事を言えない苦しみはこんなに悲しくて辛いんだと気付いた。
2月4日 朝から検査、入院して点滴中。うーん、退屈だな。俺君にもう会いたくなった。ダメだな私。
2月18日 日記付けてもう二週間か。入院してからどんどん髪が抜けて行く…。
こんな姿俺君には見せたくない。写メ保存しておいて良かった。
3月12日 もう手に力入りにくい。字が上手く書けない。メールも上手く打てなくなってきた。
3月28日俺君ごめんね。メール打てない。
4月1日今日はエイプリルフールだ。この病気が全て嘘ならどれだけ良かっただろう。俺君に会いたい。
4月27日嫌だ。検査はもう嫌だ!苦しいよ。助けて。神様なんかいない!
5月27日 俺君が病院に来てくれた…。嬉しかったけど泣いてた。初めて泣いた顔見た。
なんで来たのよ!って叫んでしまって自己嫌悪。ごめんね。
6月6日 明後日は俺君の誕生日。なんもプレゼント出来ないのが悔しい。」
字は全てぐちゃぐちゃだった。
6月8日、俺の誕生日に彼女は死んだ。プレゼントなんていらなかった。
ただ、側にいれるだけで良かった。
1番のプレゼントは君の笑顔だったよ。俺の誕生日まで頑張ってくれてありがとう。
好きじゃなくて愛してた。
今更伝えられないけど、君の考えていたことに気付けなくてごめん。
思っていても伝わらない事を学ばせてもらった。
失って初めて気付く気持ちも学んだ。
その後、1ヶ月してご両親に挨拶に行くと、首を吊ってしんでいた。
すぐに近所の人に警察と救急車を呼んでもらい、
俺は気が動転し、遺体を縄から外して横たえた。
後で警察に叱られた。
遺体はバキバキに固くて冷たかった。
ちょっとパニックになっていて、人工呼吸してしまったw
近所の人に止められたのを振りほどき、
警察と救急車が来てからも一心不乱にしていたらしい。そこから記憶がない。
病院で目が覚めて、自分の名前以外全て忘れてしまっていた。
リハビリをして、仕事を続けながらカウンセリングも受けていた。
2ヶ月位して、記憶が戻るも手話が思い出せなくなった。
手話を学び直そうとする度に激しい頭痛と彼女の顔が蘇り、
酷い吐き気に襲われた。
あれから7年経つけど、未だに誕生日に夢を見るし、
朝起きたら寝汗と涙でぐちゃぐちゃになっている。
修羅場っちゃある意味修羅場な話しでした。
長々申し訳ない。
あれから何に対しても全く動じなくなりました。