俺は焼き芋屋。一人のおばあさんが弾んだ声で 「一番うまく焼けたおいしいやつをちょうだい♪」といってきた

コシヒカリより高いおいしいイモを丁寧に焼いて、
少しの手間賃を載せて売値をつけても、なかなか売れなかった。

みんな容赦なく値引きを要求してくる。
中には自宅まで配達しろという人もいた。
帰りに買うから焼いて待って居ろというが、
いつまで待っても買いに来ない。

時間通りに焼きあがったイモは冷めて、
売り物にならなくなる。。。
世知辛い世の中に涙が出そうになる。
でも、焼きイモ屋を続けたい。
おいしいといって喜んでくれる顔がみたいから。

その日は大寒だった。その上、雪がちらつく絶好の焼きイモ日和。
一人のおばあさんが弾んだ声で
「一番うまく焼けたおいしいやつをちょうだい♪」といってきた。

今日は仲良しの友達がくるので、おいしい焼きイモを持って帰って
「こんなおいしい焼きイモ、いったいどこで買ったの?」と
驚かせたいのだという。

こういう人にこそ焼きイモを買ってもらいたかったので
釜をあけて、おばあさんと一緒にじっくり選別した。

おばあさん「甘い?」
ぼく「とっても甘いですよ。それに、焼きたてのアツアツです。」

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そんな会話をしながら、一番おいしいく焼けたやつを人数分だけ選んだ。
そして、精一杯安い値段をいった。
するとおばあさんは目を見開いて、しばらく口をきけない様子だった。
そして、財布の中をみせて、
「どうしても500円を残しておかないといけないから今日は買えない」という。
財布の中には1000円札が一枚だけ入っていた。

「一つだけにしますか」と聞いたが、
自分だけ味を知ってしまったら、
友達と一緒に驚くことができないと申し訳なさそうにいう。

気の毒なことをしたと、おばあさんは
しきりに「ごめんね。ごめんね。」と繰り返す。
涙がボロボロこぼれた。

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混じり気のない心に打たれた。
紙袋に焼きイモを詰め込んだ。

「もっていってください。お金はいりませんから。」といって
渡そうとしたが、ほとんど声になっていなかったと思う。

おばあさんは
「ただでもらうわけにいかないから」といって、決して受け取らない。
そしてまた「ごめんね」といった。

おばあさんは悪くない。

どうしてこんなに焼きイモは高くなってしまったのか。
今、食べさせてあげたくて、それが叶わないことがやるせなかった。
「今度きっと買わせてもらうから、またここにきてね」といってくれた。
何度も振りかえりながら、おばあさんは去っていった。

しばらくして、別のお客さんがきたが、商売にならなかった。
涙をボロボロこぼし、オイオイ泣く姿をみると
足早に去っていった。

どうしてもおばあさんとその友達に食べてもらいたくて
何度か同じ場所に焼きイモを売りにいったが、ついに会えなかった。
きっとおばあさんも、そこを通るたびに屋台を探してくれたと思う。
おばあさんの言葉に偽りのないことは分かっていた。
きっと寒い日でも。

おばあさん、ごめんなさい。
ぼくは焼きイモ屋を続けることが出来ませんでした。

あれから20年、今でも焼きイモを食べると、
おばあさんを思いだして涙が出てくる。

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