母の味の話。
私の母は家事が苦手な人で、
家のなかはぐちゃぐちゃ、散財はするし、
料理はあまりできなかった。
すぐ怒るしすぐ泣くし、
理想のお母さんではなかった。
でも、私もお姉ちゃんも妹も母のことが大好きだった。
私が高校生の時、母がパート中に倒れた。
あれよあれよという間に入院、
脳にグレープフルーツぐらいの腫瘍が見つかった。
父と母が結婚する前から出来ていたようだ。
手術をして腫瘍を取ったら、
怒りっぽかった母は優しくなった。
あとで調べたら、脳に腫瘍ができていることで、
性格が変わってしまうこともあるらしい。
たぶん母の本来の性格はこっちだったんだろう。
手術が終わっても母は入院していた。
術後の経過を見るためだと思っていたら、
全身に腫瘍が転移してしまった。
ほどなくして母は亡くなって、
私は実感がないまま受験、
上京してひとりぐらしをはじめた。
自炊はそこそこしていたけれど、
就活とゼミに疲れきってしまって、
ご飯を炊くのも億劫になってしまったある日、
スーパーで炊飯器に入れるだけの
炊き込みご飯の元を見つけた。
なんとなく買って、その日の晩御飯にした。
炊き上がっていくごはんの匂いが、すごく懐かしい。
家事が苦手だったお母さんが、
よく買っていた炊き込みご飯の元だった。
友達の、お母さんが作ってくれた
お弁当がうらやましかった。
晩御飯はいらないよ、
とお母さんに連絡している彼氏が
しぬほどうらやましかった。
泣きながら食べた。
お母さんの味。
もう二度と食べられることはないと
思っていたけれど、こんなところで出会えた。