父親が余命宣告された。定年を迎えたらしたいと言っていたことをさせてあげようということになった

昨晩の夢に、何年か前に亡くなった父親が出てきた。
ニコニコと笑って立っていた父親を見て、
私は泣いて過去の出来事を詫た。

父親が余命宣告がされた後、
父親が定年を迎えたらしたいと言っていたことを
一通りさせてあげようということになった。

その時、父親がいつだったか一度見てみたいと言っていた、
地元チームの試合を観に行った。
折角見るならば良い席が良いと思い、
若かった私はボーナスを使って一番良い指定席を取った。

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当日、その席に行くと
周囲はチームカラー一色に染まっており、
普通の服で行った私達はなんとも場違いだった。
試合が白熱するにするにつれて、
周りは相手チームにブーイングして集中力を妨害したり、
点が決まると立ち上がって雄叫びを上げ始めた。

この時、初めて指定席は見やすい席でもあり、
熱狂的なファンがそれだけの金額を出しても
応援しにくる席であることを痛感した。

「熱気がすごいね~」なんて呑気に話していると、
斜め後ろの席の人から「もっと真剣に応援しろよ!」
「ファンでもないくにこんな席にいるな!」
「お前らのせいで本当は座りたいけど、
座れないやつがいるんだぞ!」と罵られた。

その人がおもむろに始めた帰れコールが、
私たちの周りの席に広がる。
ほんの一部の席でのことだから、
ほとんどの人は気づかなかったと思う。
みんながテンションが上り過ぎているのか、
諌める人は誰もおらず、
父親が「良いよ、帰ろう」と
立ち上がって私の手を引いた。

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私も立つと、勝ったと言わんばかりに
わあっと歓声が上がった。
本当につらかった。

何十年ぶりに父親と手を繋いだ出来事がこれで、
悲しくて悔しくて泣いた。
良い年した大人が人目も気にせず、
子供みたいに嗚咽をこぼしながら泣いた。
父親は励ますように
「いい試合だったな、結果は夕方のニュースで見ような」
と言った。

それが私が個人的に父親に出来たことへの
最期の出来事だった。
あとは家族旅行に行ったり、家族単位では色々したが、
私ができたのはこれが最期だった。

夢の中で詫たが、父親にニコニコしているだけだった。
父親は許してくれているだろうか。

なんて自分で書いておきながら、
ずっと私はあなたのような優しい誰かに
「大丈夫、許してくれているよ」と言って欲しかったです。

当然、父親にも直接謝りたかったですが、
なんとなく互いにあの時のことを話題に出さなくて
結局謝ることはできませんでした。
余命宣告され、残された時間がわずかな中、
父親には嫌な思いをさせて
申し訳なかったという気持ちでいっぱいです。

週末は実家に帰って、仏壇に手を合わせて
もう一度謝罪してこようかと思います

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