バレンタインから時間も過ぎたし書き込み
嫌な思い出なので嫌な思いさせたらごめんね
前提として、私は小1~2の頃に当時賑わせた犯罪者と同じ名前という理由で
ひどくいじめられたので
当時場面緘黙があり、自分の思ってることを話すことが困難だった

小学生の頃、きっかけは忘れたけど、
バレンタインのためのチョコケーキを
体験教室か何かで作ろうということになった
確か、教室を開くのに参加者が必要で、
友達の親に私の母が拝み倒されてた
だけど最後の第三部でも16時始まりで、
私は用事があって途中からしか参加できなかった
母が教室開く人と話して、スポンジだけ自分で焼いて持っていくから、
途中のデコレーションから参加させてもらうことになった

スポンサーリンク

私の母は料理教室なんか行かなくても
普段からケーキを焼いていて、
その日も「バレンタインだからチョコ生地にしましょう」
とスポンジの材料を少し変え、純ココアでチョコ生地を作って持っていった
教室でスポンジを見たら、みんな白いスポンジで私だけチョコスポンジ

私は「みんなミルクスポンジなんだ」としか思わなかったけど、周りの子の反応は違った
「焦げてる!」「汚い!」「そんなの食べられない!」
教室の先生も「あらー失敗したのね、やっぱり自宅で作ってくるのは難しかったのね」
と母のスポンジを取り上げ、かわりに先生が見本で作っていたスポンジを渡された
結局最後まで先生のスポンジで作ったんだけど、
母のスポンジがどこに行ったか気になって仕方なかった

スポンサーリンク

片付けのとき、母のスポンジが
卵の殻やイチゴのヘタが捨てられていた
青いゴミ袋に捨てられているのを見つけてしまった
泣いた

泣いたけど、泣いた理由がスポンジを失敗して
恥ずかしかったからだと思われて、
誰にも私がどうして傷ついたのか理解されなかった

作ったケーキは持って帰ることになってたけど、
悔しくて先生のスポンジでできたケーキも先生の目の前でゴミ箱に捨ててやった
ものすごく叱られた
だれも「どうして捨てたの?」とは聞いてくれなかった
私が都合の悪いことは喋らない寡黙児だと
思われてたから(当時まだ場面緘黙という概念さえ無かった)
他の子を迎えに来てた保護者もいたから、非道な子だと思われた
一日にしてとんでもない問題児にされた

母が迎えに来たとき、すごい剣幕の先生に色々と言われて、ずっと平謝りしてた
先生から参加費を突き返されて、母の子育てを否定されて、
私が寡黙児なのも母のせいにされ、母は土下座しそうな勢いで謝ってた
頭を下げたときの顔が私には見えてた
母は般若の顔をして怒りを押し殺してた
何も言えない自分が情けなかった
母の仕返しをしたかったのに、一矢報いるどころか
余計母を傷つけてしまったことがショックだった

バレンタインが来る度にあのときの悔しさが蘇ってくる
あのとき母のスポンジを捨てたような、他人を思いやれない、
人に平気で「キチ児」「犯罪者予備軍」「欠陥児」と言えるような大人には絶対にならない

スポンサーリンク