赤ちゃん~中2まで母子家庭だったけど、小3くらいまでは
母の彼氏やら、援助男が数人家に出入りしていて
兄と私が密かにあだ名をつけた大関くん(40代くらいの太ったおじさん)が
仲介者の紹介でやってきた。

通常おっさん達は、母を目当てに来ているんだけど
大関くんだけは?私目当てにやってきた。(当時、幼稚園年長)

仲介者、母、大関くんは母の部屋で話をしていたけど
ふすまには誰がやったか忘れたけど
メロンが通るくらいの穴があいているので
私はそこから堂々と覗いて聞いていた。

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20万くらい?かそれ以上のお金を母が受け取り、母は

「わかっていると思うけど汚れにはしないでちょうだいね」

みたいな事を大関くんに言っていた。

仲介者と母は穴から覗いている私を見て手招きし
私は部屋に入って大関くんと挨拶させられ、
よろしくねと言われた。

大関くんは土日に私を連れて、
遠い動物園、遊園地、美術館、牧場、海、スケートなど
色々な所へ連れて行ってくれてご飯も食べさせてくれた。
ただ、毎回行く先々で絵を描かれた。

手は繋がれたし、
肩車もされたけどそれ以上変な事はされなかった。

1年半くらいそんなのが続いたけど、
私の誕生日に遊園地に行った時

「今までありがとう、元気でね」

と言われ、それっきり家に来る事はなくなった。

大関くん来ないんだねとは思ったけど、
特に母には何も聞かなかったけど
それからしばらくして仲介者が母に、
大関くんが亡くなったと話をしていたので
割り込んで、どうして?と聞いたら、
病気で亡くなったんだよとだけ言われた。

何が衝撃かと言うと、大関くんだけじゃなく
て色々なおっさんが数年間出入りしていて
それが私達は外では話さないけどあまり重大な事だと受け止めていなくて
我が家では普通の光景で、高学年になって、
ヤバイ家庭だと気が付いた時だと思う。

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母は生まれつき足の障害がありました。
手帳は持っていましたが確か5級で
障害者の補助金みたいなものはもらっていなかったと思います。
でも小3までは生活保護をもらっていたはずです。
病院にかかる時、毎回市役所で母が書類を提出して
私達の医療費が無料になっていて
子供ごころになんか肩身が狭かったです。

小3からは、足が悪く精神的にも
あやしい母にも出来る仕事がみつかり
生活保護は終了したと思いますが、それまでの間、
おっさんから金銭的援助を受けていたのはヤバイですよね…。

働くようになってからは、中2で再婚相手を連れてくるまで
家におっさんが出入りする事はなくなりました。

母は5年前に他界。大関くんの絵の行方はわかりませんが、
家にはなかったです。

大関くんはお父さんと呼ばせたがっていましたが
それはムリと言ったら、そうだよねと笑っていました。
あと、私ちゃんは美人になるから
変な男には気を付けてねと何度も言ってきました。
今思えば、お前が言うな!ですけどね…(笑)

実の父も他界していますが大関くんとは別人です。

ちなみに仲介者は実の父の再婚相手の女性の弟です。
これはかなり後でわかりました。
実の父はこれを知りませんでした。
再婚相手の女性が何の目的でそんな事を弟にさせ、
なぜそれに母が乗ったのかもわかりません。

尼崎事件、ワイドショーでちらっとしか
見ていないので詳しくは知りませんが
仲介者と母と父の再婚相手が揉めているような所は見た事がないので
怖いとかは無いというか、本当に謎です。

私と兄だけ父の葬式に出ましたが、その時兄が、
仲介者はあの人の弟だと教えてくれました。
父はおっさん達と仲介者の出入りを知らなかったと教えてくれたのも兄です。

でも田舎だし、近所の人がヒソヒソしていたので
だらしない母の噂話くらいは父の耳に入っていてもおかしくないですが。

兄は私より色々知っていそうですが、
なんか黒歴史なので詳しくは聞いていません。

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