一人でも多く、幸福を重ねられますように

小さい頃から本当に平凡な子だった
銀行員の父
専業主婦の母
2つ上の姉
典型的なサラリーマン一家

俺はよく泣く子で、姉にケンカの度泣かされていた
学校では勉強がそんなには好きになれずギリ平均。
部活は姉の影響でソフトテニスに在籍。中学三年間続けたが常に地区大会止まり。
高校でも少しだけソフトテニス部に入ったが辞めてしまった。

大学や将来の事を全く考えていなかった俺は姉の影響で美大に進む事になった。
ここでも先を考えていない俺は陶芸を専攻
楽そうだからって理由で…

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学校以外では少し普通じゃなかったのかも知れない
まず近所の人が経営しているガソリンスタンドで中学からバイトしていた
小学生から始めたポケットバイクレースがキッカケで工具を貸してもらったり、
整備のイロハを教わるうちに中学から開店準備をやることになってた。

草レースだけども徐々に大きいバイクにクラスアップしていく
両親は厳格な人で、レースとかそういったものには一切お金は出さなかった。
バイトのお金はバイクに消えてった。結局高校卒業まで6年間働いた。
でも大学進学と同時に金策がつかなくなりレースを辞めた。

小中高と彼女はいなくて、数人に告白されるも何をすれば良いのかわからず終了ばかり。
ただモテとは違うんだろうけど、休み時間とかに
クラスで1番可愛い子が俺の脚の上に座っていつも雑談していたのはいい思い出。

騎馬戦の時、学校1綺麗な先輩の馬になり、股間と胸の感触をいただいたのもいい思い出。
騎馬戦でお近づきになれたその後、
街で偶然会ってハグされ、腕組まれたのもいい思い出。

そして大学時代
俺は一人暮らしを始めた。古いアパートだったが一応風呂トイレ付きの間取り2k家賃4万円
初めての一人暮らしでかなり嬉しかったのを覚えている。
しかし喜んでばかりはいられない。両親との約束で、
一人暮らしの条件に生活費は自分で出すというものがあった。

夕方から深夜までラウンジのウェイターとして働いた。
時給1000円で賄い付き、飲み放題。
学生にはものすごく有難いバイトでした。

この店は人の入れ替わりが激しくて、いつの間にかウェイターから
バーテンになっていて仕入れから仕込みまでやっていた。
オーナーはラウンジのビル上階に住居を構えていて、ほとんど店に降りて来ない。
ママ(オーナー奥さん)も夜8時以降にならないと降りて来ない。
普段何してるのか分からない人達だった。
仕事を回すのにも慣れ、付け回しも客のあしらいにも慣れた頃珍客が店に来た

制服女子
仕込み中だった俺は酒屋と思い
「ごめんミネ追加でお願い」
「…」
顔を上げると制服女子

固まった

「鍵わすれた」と内階段へ向かっていった

俺呆然として身動き一つ出来ないノーリアクション
その夜ママに聞いたら末の娘さんだそうで誰かわかって安心したのを覚えている。

あんまり親子で会話しないらしいが今日は店通ったとか店員また変わったとか話したらしい。
ミステリアスだった上階家族だったけど、普通の家族なんだなって思った。
翌日、仕込み中に酒飲みながら仕事をしていると
内階段から昨日の女の子が降りて来た。

娘さん「お酒飲みながら仕事?」
と訝しげに話しかけてきた
俺「そうだよお腹減っちゃってね」
娘さん「ふーん」
で帰ってった
それからちょくちょく店に降りて来てはカウンターに座って話をするようになった。
俺「はい晩飯」
娘さん「いただきまーす」
娘さん「ごちそうさまー」
いつからか、晩飯を俺が作るというのが普通になっていた。日常はこんな感じ。

俺「何年?」
娘さん「2年」
俺「どこ行ってるの」
娘さん「○○女子」
俺「超お嬢様学校だ」「あれ遠いよね?」
娘さん「うん。この辺友達いない」
俺「そっかー往復だけで3時間くらいか」「頑張ってるなー」
娘さん「行きたくて行ってる訳じゃないけどね」
俺「?」
娘さん「もーいい」上階へ
俺「??」

ある日

娘さん「それちょうだい」
俺「ビールだよダメ」
娘さん「ケチ」
ぐびぐび
俺「オイ!」
娘さん「なかなかおいしいね」
顔はとってもおいしそうじゃない
みるみるうちに顔が赤くなってく
娘さん「じゃ戻るね」
ドッタンバッタンしながら内階段に向かうも途中のソファに突っ伏したまま動かない
俺「おいっ!大丈夫か!?」
娘さん「ぎぼちわどぅい…」
真っ赤か
急いで抱えてトイレで吐かせた

とか
娘さん「彼女いるの?」
俺「童貞だ」
娘さんにキャハハキモーイを素でやられた

とか
娘さん「
もういいか

酒飲んでしまって上階に娘さんを送って行った時、初めて家に入った。夕方なのに誰もいない。
お世辞にもキレイとは言えないゴミの散らかった室内。
オーナー夫妻は身なりにかなり気を使った人で、
俺たちのワイシャツなんかは毎日クリーニングに出されていた。
どこの演歌歌手かってくらい二人とも煌びやかな衣装で店に降りて来るので、
どんな家なのか興味があったんだ。

いざ入って驚き、あちこち見渡していたがそんな事をしている場合でなく、
オーナーの自動車電話に電話して帰ってきてもらった。

が、帰ってきた車にはラウンジで働く女の子が乗っていた。
大人の事情なのだろうと見て見ぬ振りをした

仕込みに戻って数分後、上階からハデな音が聞こえたが
人様の家庭の事情には入り込めないと無視をした。

開店中、ママさんから席に呼ばれ行くと常連さんが俺も一緒に寿司行こうと。
俺は寿司なんて一年以上食べてないので「ハイ!」即答
寿司屋では何故か一つ席を空けて俺が座らせられ、好きなもの頼めと言われた。
常連さんのデカい背中にブロックされ表情は見えないものの声は普段より艶っぽかった。
食いまくってやった。
お土産貰ってタクシー代1万円貰ってバイバイ
俺なんなの?居る必要なくね?
なにこの待遇こわい
でもまだ若い俺は、まいっかで済ました。
このアフターはこの後、週1は必ずあって必ず俺もセットだった。
ふと気になってバイバイした後で付いていくと、ソッコーでホテルに二人が入っていった。
童貞には気持ちが悪くて帰り道何度か吐いた。

夫婦揃って不倫なんてどういう状態なのか理解できなかった。
オーナーは決定的なところは見ていないけど、白ではないだろう。

ママは二人きりではないアピールからのホテルなので、
後ろめたい気持ちはあるのだろう…そんな事はどうでもよくて
真っ先に頭に思い浮かんだのは娘さんにはこの事を知られてはいけない。
これしか頭になかった。

見て見ぬ振りや、まいっかで済ましてきた俺。
予防線を張る事はできなかったのか、
関係ない俺がしゃしゃり出る事ではないとかを無限ループで常に考えていた。

仕込み中
娘さん「ねえ知ってる」
俺「なに?」
娘さん「うちの両親不倫してるんだって」
俺「…」
黙っちゃダメだと思い
俺「なんかあったの?」
娘さん「昔からだって」
俺「気のせいじゃないの?」
娘さん「ううん。お姉ちゃんが言ってた」
俺「お姉さんがいるんだ?」
娘さん「うん。よく一緒に食事行くんだって」
俺「なんだよそれは」
娘さん「これって普通じゃないよね?」
俺「異常だよ」
娘さん「ふーん。お姉ちゃんは~買ってもらったんだってさ」
俺「…」
娘さん「私も買ってもらおうk」
俺「ダメだっ!」大声で言ってしまった
娘さんはビクってして大きな目が更に大きくなった
娘さん「そんな事くらいわかるよっ!」
ダンってカウンター叩いてドアもバンって閉めて内階段で帰っていった。
上階からまた大きな物音が聞こえてきた。

次の日も娘さんは仕事中にカウンターにちょこんと座ってた。
昨日の事に触れずにお腹減ったーって
やっぱり高校生といえども子供に近いんだなって思ってた。
娘さん「ねー家どこ?」
俺「あっち」
娘さん「一人暮らし?」
俺「ナイショ」
娘さん「けち」
俺「寝に帰ってるだけのアパート」
娘さん「いーなーいーなー」目キラッキラ
俺「いーだろー」
娘さん「一人暮らししたいなー」
俺「家事とか全部やんなきゃだめなんだよ」
娘さん「じゃ誰かにやってもらお」
俺「はい一人暮らし無理~」
娘さん「ばか」
ツカツカぱたん。ぱた。
娘さん「ごちそうさまでした」ぱたん。
ほっこりした。

こんな事が数ヶ月続き、バイト後のアフターも続いていた。
ついでにオーナーの不倫現場も見てしまっていた。
娘さんが不憫でならなかった。
夕方の晩飯タイムだけでも良いものにしようと料理はかなり上手くなった。
娘さんも開店ギリギリまで店でいる事が多くなった。
懐いてくれているのが嬉しかった。

季節は忘れてしまったけど、ある休日昼過ぎてもアパートで寝ていた。
仕事明けの休日は決まってそうだった。
ドアをトントン叩く音で目覚め、ドアを開けたら娘さん。
俺「えーと?」
娘さん「履歴書」
俺「なるほどね」
娘さん「でしょ」
俺「で?」
娘さん「おじゃましまーす」
脇をするると抜けて入ってきた。
探検を一通り終…数周して座った。
ようやく出していたお茶に気付いて落ち着いたようだった。
俺「どうしたの今日は」
娘さん「遊びにきたの」
俺「男の一人暮らしの家なんかに来たら親心配すr」濁してしまった
娘さん「ね」なんとも言えない悲しい表情だった

オーナー夫妻は娘さんに対して無関心なのだと俺は感じていた。
なにより娘さんの孤独感は俺なんかでは想像もつかないものだったろう。

その孤独感を気付かせないよう気丈に振る舞う姿は寂しさが溢れていた。
でも今日の娘さんは普段よりもはしゃいでいた。
なんだかこっちまで楽しくなってしまう。
ご飯作って食べたり、家の物をこれなにこれなにと聞いてきて答えを繰り返していた。

夕方になったので送っていこうとしたが
娘さん「この後友達と遊ぶの。だから大丈夫」
俺「早く帰りなよ」
ドアが閉まる寸前、なにか違った
胸騒ぎなのか今まで感じた事のない言いようのないモヤモヤしたものを感じた。
時代が時代なら立派なストーカー。俺は娘さんの後を追った。
駅とは反対方向の住宅街方面に娘さんが見えた。
あのモヤモヤが何なのか、気のせいなのか、これって恋?
テヘ的なものまで色々考えていた。声を掛けるか逡巡していたら娘さんとの距離が離れた。

公団マンションに入っていくのが見えた。
友達の家か。
安心して引き返そうと思った。
エレベーターあるのにずいぶん上まで娘さん登…!
ダッシュした。

途中は覚えてない。

娘さんの頭パーンって叩いて、泣かれて、俺の家に連れていった。

娘さんは
無理矢理お嬢様学校に通わされている
辞めて公立に通いたい
水商売の子と学校でイジメを受けている
何度親にお願いしても転校させてもらえない
親戚への見栄でお嬢様学校へ入れている
二言目にはいい学校へ行かせているのに何故言う事を聞かない
色々聞いた。怒りに震えてしまった。

2年生は高校ではなく中学2年生でした…
この日初めて気づきました。
中学生…男の一人暮らし宅で二人
まずいまずいって思うと同時に何とかしないともっとまずいって考えた。
まず、オーナー夫妻に会う
…会って何言う?どうする?
娘さんに
俺「どうしたい?」
娘さん「家に帰りたくないもう全部いやだ」
俺「死ぬ気だったんだもんな」
娘さん「最後に顔見たいなって思った」
ほっこりした
してる場合ではない
俺「俺に任してみてくれない?」
娘さん「いやだ」
俺「俺がお父さんとお母さんに会ってくるから」
娘さん「帰らない」
とりあえず一人にはしておけない。ラウンジの同僚に来てもらえるように頼んだ。

近所だったのですぐ来てくれたはいいけど、スッピンだし子供連れてくるしダミ声で
同僚「何の用だよ俺!」「!娘さん?」「なんこれ?おい!なにしてんのよ!」
機関銃の如く罵声を浴びせてくれちゃう元ヤン

娘さん「あそびにきt」びゃーって泣いちゃった
同僚に俺蹴られる。いいのを数発いただいた。

娘さん「ちがうのぉー」
説明したらわかってくれた同僚
同僚「ちゃんと先に話せ」
俺「ちゃんと先に聞け」

今日娘さんを預かって欲しい旨を伝え、店に向かった。
が、誰もいない。電話しても出ない
夜中にようやくオーナー夫妻が各々の不倫相手と別々に帰宅…
二人に店に降りて来てもらい、今日の出来事を話した。

細かい内容は俺がエキサイトし過ぎて余り覚えていない。
要点を書くとこうだ
夫妻でなすりつけ合い
不倫相互認識
離婚は体裁が悪い
娘さんの従姉妹が高学歴(知るか)
子供は親の言う事を聞いていればいい

好き勝手言っているので静かに相槌入れさせないように俺は喋った

「自殺しようとした我が子の心配より体裁だ何だのとよく言えますね。
この家に娘さんは帰りたくないと言っています。その気持ちはよくわかります。

今同僚の家に娘さんはいるのでご自身で娘さんの声を聞いて下さい」
電話に出た同僚に端的に説明する
同僚「娘さんに話すからこのまま待って」
俺「わかった」
少しして
娘さん「どうすれば…何話せば…」
俺「今日俺に言った事を言ってみな」
娘さん「わかった。でも行くとこない…」
俺「俺と同僚がなんとでもするよ」
同僚巻き込み完了

オーナーに電話を変わるといきなり声を荒げた
オ「何してるんだ早く帰って来なさい!」
俺 床ドン「話を聞いて下さい!」
渋々話を聞き始める
オ「…」ぐぬぬだった
ママに無言で代わる
ママ「どうしたの?ちゃんと話そ。ね?ね?」
ママもぐぬぬだった
ママ「勝手にしなさい!」
キーってこの時初めて聞いた。

しばらく娘さんはうちと同僚宅で預かることになった。
条件は俺が店を辞めない事
それだけだった。
未成年者なので預ける旨の一筆をもらい、引き上げた。

同僚宅にて同僚旦那も交えこれからの事を相談中、あれれ?
同僚宅では4人暮らしは厳しいので俺宅で泊まってくれんかとの事…
娘さん「大学行ってる時は同僚さんちで、仕事中は旦那さんと子供と待ってるよ」
同僚「じゃそういことで~」
なにこの予定調和

大筋は娘さんと同僚で決めていたんですって。
旦那さんも育児所代が浮くし、面倒見てくれるのでwinwinだって
なんか娘さんが笑っていたので良しとした。

結局、この日から中学卒業まで同居生活が始まります。
中学は公立へ転校しました。
地元の友人と楽しくやってました。たまに俺宅が中学生だらけで、
俺が外で暇潰す事も。

娘さんの中学も理解をしてくれ、父兄参観に俺が行ったりもした。
なにより担任の先生が事情をよく理解してくれ、協力してくれた。

オーナー夫妻は相変わらずだった。
ママとのアフター同行はなくなったが改める気配もないし
娘さんの事も聞いてくる気配もない。

俺はこの状況が続くのは良くないと思い、
娘さんの様子をまとめた日記のようなものを書いて店の書類をまとめてある棚に忍ばせた。
仕事前にそれを書いてを繰り返していた。
日記を始めて一年弱後、ママから呼び出された。
日記を毎日楽しみにしていた事、オーナーと別れて娘二人と暮らすことを考えている、
もちろん不倫は俺と話す前に終わらせた。何より娘さんの顔が見たい。
ママには娘さんの様子を見てこの事を話してみると約束し、後日娘さんに伝えてみた。
俺「…ってお母さん言ってたよ」
娘さん「信じられない」
俺「そうだよな。俺もそう感じた。でもお母さんは真剣だったよ」
娘さん「そっ」ちょっと嬉しそう
俺「一回話してみたら」
娘さん「考えとく」

数日後、俺の出勤時間に合わせて娘さんを呼び、
ママとボックス席で話してもらった。
俺は席を外していたが、ボックス席から二人の泣き声が聞こえてきた。
見ると抱き合っていたので俺は店の外に出た。

一年以上続いた同居生活もようやく終わるなーって感慨深かった。
話が終わって娘さんが内階段で上階に上がって行った。
カウンターでオロオロしていると、ママに呼ばれた。

ママ「今まで本当にありがとうございました」
俺「いえいえ、で娘さんは…」
ママ「あのね、男女の仲になっていないんだって?」
俺「はぁ…って中学生ですよ!」
ママ「その点もありがとうね」
俺「いえ」童貞にはそんな高等技繰り出せない。
ママ「それでね、引き続きお願いできないかな?」
俺「何をですか?」
ママ「預かって欲しいの」
俺「娘さんは何と言っているんですか?」
ママ「娘からよ」「中学卒業とあなたの大学卒業同じ年でしょう。
それまで一緒に住みたいんだって」

俺「その後はどうするんですか?」
ママ「それまでに店を引き継いでくれる人を探して離婚します。
娘と私は私の実家に移ります。」

思った以上の効果が日記にはあった様で、思惑とは少し違うが一歩前進しました。

娘さんの恋愛感情は頑なに無視していました。
気付いていましたが無視していました。
先生方や周りが理解してくれているのは、この頑なさがあったからだと思う。
まー童貞ですしそんなのどーしたらいいのかわからなかったが正解。

時は過ぎて10月頃、翌年3月に二人共学校を卒業する。同居も卒業だ。

時は過ぎて10月頃、翌年3月に二人共学校を卒業する。同居も卒業だ。

娘さんはママの実家近くの高校へ進路を絞っていた。
俺はとあるスポーツを職業にする為、渡米を予定していた。
お別れが近づいてきている。

娘さん「アメリカかぁ…英語喋れたっけ?」
俺「なんとかなるんでない?」
娘さん「寂しくないの?」
俺「ないんでない?」
娘さん「相手にされないよ」
俺「かも知れんね」
娘さん「わたし待たないよ」
俺「待て」
娘さん「いやだ」
俺「待て待て、誰が待てなんて言った」
娘さん「さーね」

同居残り数ヶ月、同じような事を喋りあっていました。

当時のアパートは2K。
俺が居間にベッドを置いて寝起きし、娘さんには個室をあてがっていた。
当然、別々に寝ていた。

同居残り数週間くらいの夜中に事は起こった。

すすり泣く声が聞こえて娘さんの部屋を見に行くと
寝ながら泣いていました。
ゆすって声を掛けても起きないので、しばらくベッド横の椅子で静観していました。

落ち着いたようなので自分のベッドに戻り、うとうとしていた時でした
ドアの開く音が聞こえ、娘さんがベッドにドンと座り布団に入ってきた。

俺「うあnどしたぁ?」変な声だったと思う
娘さん「寒い」

こんな事一回もなかったのであわてまくった

娘さんはそれから無言
俺はあせりまくって汗ダラダラだった。

俺「暖房入れようか?」
娘さん「」
俺「湯たんぽする?」
娘さん「」
俺「毛布出そ」
娘さん「うるさい」すみません

すぐに寝息を立てて寝始めた娘さん。
俺は寝れなかった。

翌日何もなかったかの様に娘さんは普通でした。
でも翌日から一緒に寝始めました。
童貞には厳しい夜が始まります。

スペック

176/70
普通の顔
渡部 豪太とか大泉洋を想像でいいと思います。

娘さん
158/?
後藤久美子の若い頃を想像でかなり大丈夫です。

娘さんは恵子でお願いします

うるさいって言われてから数分後、恵子は寝息を立て始めた。
俺は朝まで寝れませんでしたけどねっ

翌朝、恵子は普通だった。普通過ぎて俺が変だった。
でも翌日から寝るとき、ダイレクトに俺のベッドに殴りこんでくるようになった。
寝れない童貞VS寝る中学生

朝方浅い眠りについたら即朝ご飯。激戦でした。
寝不足ながら渡米準備、引越し準備に忙しい日々でした。
俺の車や荷物は実家に置かせてもらい、
恵子の荷物はママの実家に持っていく事になっていた。

俺の荷物を実家に運ぶ時、恵子も手伝ってくれた。
俺の母と姉とは親子姉妹とお互い言い合うくらい仲が良かった。
正直、かなり二人には助けてもらっていた。

母「恵子、月に一回はウチに来なさいよ」
姉「けーこ迎えにいったげるから必ずおいで」
恵子「ありが」ぴゃーて泣いてた

実際に俺が渡米してから週一で姉が母がママもろともウチに連れてきてたらしい

引越し準備も大物を残し、ずいぶん部屋がすっきりしてきた頃
ベッドは一個だけになっていた。

パンツちょっとズラしてもいいかも

恵子はダイレクトに一個のベッドに突撃していく訳だけども、
先に突撃されていると俺入り難い。
恵子「なにしてんの早く寝よ」
ベッドをポンポンとたたいて招き入れてくれてようやく入れる。
ようやく俺も寝れるようになってきた。
慣れとはこわいもので、童貞でも女の子と一緒に寝れるんだ。

夜中、ふと目覚めると重い。
恵子が乗っている。
俺絶賛勃起中

夢なのかどうか確認するのに数分。
現実と気付き、起こさないようにゆっくり定位置に恵子を戻す
戻らない。しがみついている。

胸:ノーブラ
着衣:乱れている
俺:絶賛勃起中
恵子:起きている

起きてるぅう?

俺の胸元にしがみついて俺を見上げていた。
恵子「んで」
俺「なんな」
恵子「なんで?」
俺「」
恵子「なんでなんもしないのよー!」顔を俺の胸にうずめて叫んだ
俺「」
恵子「童貞!」はい
俺「あうあう」
恵子「そんなだとアメリカで通用しないよ!」

おもむろにトレーナーをまくり上げ上半身裸に
俺「え?は?え?」
ベッドに仁王立ち。下も脱ぐ。

全裸

見下ろされている。

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俺「寒いって!寒いって!」
恵子「うるさい」と言いながらベッドを降り、カバンからゴムを取り出す。
恵子「ここまでしたんだからね!後は…あとは…」

声を小さくしながら裸の恵子が布団に入ってきた
顔が近い。胸が当たっている。馬鹿息子は恵子の股間辺りで唸りを上げている。

恵子は震えていました。

寒さからではない。
身体を熱くして震えていました。

かすかな明かりで顔色は見えなかったけど、きっといつも恥ずかしいことがあると
顔を真っ赤に、ほっぺがより赤くなるあの顔色になっていたのでしょう。

そんな恵子に俺は理性を失った。

腕を恵子の背中に回そうと手を身体とマットレスの間に突っ込む
指先で脇を引っ掻いてしまった。

恵子「ど童貞ああせんなよ」
俺「おごぇごぇぅ…ごめん」確かにそう発音した

恵子を抱きしめる。細い
贅肉はないけども肌がとろけるようにやわらかい。
胸は大きい(洗濯物で知ってた)
数年一緒に暮らした女の子が腕の中にすっぽり納まっている。
俺のうるさ過ぎる心臓の音が聞こえていた。
恵子の心臓の音も大きいのだろう、身体が心臓に揺らされベッドのシーツが
シ、シ、と音を立てていた。二つの音だけが聞こえていた。

どのくらい時間が経っただろう。
恵子「ねえ」
俺「はい」
恵子「これだけ?」
俺「はい」よっ童貞

恵子「…ん」
目を閉じて顔を上げた。

キスをした。

俺も恵子も初めてキスをした。泣いちゃった。俺が

うれしくて、はずかしくて色んな感情がこみ上げた。
今まであった悪いことも全て肯定できる今があった。

泣き止んで、もう一度キスをした。本当に愛おしかった。
一方馬鹿息子は親心を取り戻していた。

恵子「あれ?」
俺「うん」
恵子「童貞」
俺「処女」余裕が生まれた!

恵子「いままでありがとう。これからもよろしくね」
俺「いいんだ」びゃーてまた泣いちゃった。
恵子「泣きすぎー」
俺「なんだろうなぁうれしいなぁ」
恵子「わたしも」

裸のままで明け方まで色々な事を話した。
高校から大学までの青図を話してくれた。
大学は美術系に行きたいと。
俺の学校によくくっついて来ていて、教授達のアイドルと化していた恵子は
デッサンだけでいくと必ず現役で受かるレベルまで教授達が仕上げていた。
学校の女友達ともよく俺抜きで遊んでいたり、周りに支えられて同居生活が
成立していたことも二人で感謝した。

俺の目標も話した
渡米してメシが食えるようにがんばる。
とか…割愛

でも二人の先々の話が全く出来ない。
話しようがない。
日本とアメリカ、高校生と放浪者。
悶々と考えているうちにいつのまにか寝ていた。

結局、セクロスはしていない。
ズラしたパンツはそっと戻しておいて下さい。

翌朝、何も変わりない雰囲気でしたが
買い物に行った時に同時に手を差し出し手を繋いで歩きました。
幸せでした。

俺の渡米と恵子の引っ越し日を合わせて一緒に部屋を出る事にした。
ママに恵子を引き渡し、えらそうに俺が
「恵子をお願いします」って頭を下げた。
ツボだったみたいで二人に号泣された。きっと色々な思いが詰まっていたのだろう。

恵子はママの実家、俺はアメリカ。
思いが強ければきっとまた点と点が結ばれる。
もう恵子が大好きでした。

何年経ったら帰国するとか具体的な目標はなかった。
自分の技量一つで結果は変わる世界なのでゴールは無いに等しかった。
そこで、飯を食って行くから飯を食わせるにジョブチェンジ。
恵子を養えるようになったら帰国って考えました。

恵子にはそれを伝えませんでした。幼い彼女を縛り付けることはしたくなかった。

渡米後
俺は必死でスキルアップに勤しんだ。
酒も煙草も断ち、大会でも成績を残せるようになってきた。
いくつかスポンサーがついて、バイトの毎日から徐々に解放されていきました。
それまでに2年の歳月が流れていました。

今と違って海外との連絡方法のメインは手紙。年に数回の電話。
パソコン通信?インターネット?メールってただなの?うまいのそれ?という時代。
毎週のように届く恵子からの手紙。俺も毎週返していた。
郵便局の退役軍人のおじさんに早く帰って幸せにしてやれと毎週言われながら手紙を出していた。
恵子の生活や学校のこと、正の字で手紙の片隅にカウントされていく暗号。
離れていても身近な存在として恵子は居ました。
俺も今日は何したから晩飯のメニューまで書きまくった。

あるとき暗号が気になって電話のとき聞いてみた。
俺「正の字ってあれなに?」
恵子「なーいしょ」
俺「どんどん増えてきて目立ってしょうがない」
恵子「いくつだっけ?」
俺「14かな」
恵子「告られた回数だよ」
俺「」
恵子「けっこうモテるんだよ」
俺「ふーん」
恵子「ふーんて」
俺「モテモテじゃないか!」
恵子「そういうこと書いてるんじゃない!」
恵子「」
恵子「会いたい」
俺「高校卒業したら遊びにおいで」
恵子「いーま!」
俺「」
恵子「うそ。卒業したら美術大学行くよ」
俺「勉強はどう?」
恵子「学科は迷ってる。造形も油も陶芸も好き。おじちゃん達(教授達)もめてるよ」
俺「」アイドル取り合いか

デッサン画を送ってもらって見ているので納得。
俺なんか及びもしない域に達してる。

俺は引っ掛かっていた。年頃の娘さんが俺みたいな不安定な奴に引っ掛かってることに。

俺は徐々に意図的に手紙の数を減らしていった。
恵子からの手紙も徐々に減ってゆき、半年後くらいにはゼロになっていた。

俺の意図は普通の人のように幸せになって欲しい。
俺のような先のわからない人間に引っ掛かって欲しくない。
同年代の友達と恋をして幸せになってもらいたい。

俺のやっているスポーツがちょうど伸び悩みの時期に差し掛かっていた時期
今思うと少し病んでいたのかも知れない。

俺なんか俺なんか…
スキルアップしても大国には俺レベルは余る程いる。自暴自棄になっていた。

今これを書いていて「当時の俺バカ!!」と言いたい。
それがあったから今がある訳で…ぐぬぬ

渡米後もうすぐ3年目に差し掛かろうとしていた。
正月には一時帰国しようかと思っていたが大会の日程が重なり断念。
恵子と連絡を取らなくなって一年弱経っていた。
大会で結果を出さないとスポンサー契約が切れてしまう状況だった。
結果
出来ない事をやって失敗し大怪我を負ってしまった。
選手生命が途絶えてしまった。

寝たきり1ヶ月リハビリを半年。それでようやく常人になれるかもといった具合。終わったと思った。

入院は家族にも伝えなかった。もちろん恵子にも。
目標を失い、生きている事に辛くなり自殺を試みるも身体は固定されていてほとんど動かない。

なにもできない。

辛かった。

入院して何日か過ぎてナースが大騒ぎでテレビを運んできた。
ケーブルを繋いで映った映像は燃えている神戸。横倒しの阪神高速。
なんの映画?

ナースが日本で今地震が起きて燃えてるのよ!って大声で教えてくれた。
何が起きているのかわからなかった。
電話口までストレッッチャーで運んでもらい電話をするも通じない。
電話線を病室まで引っぱってきてもらい一昼夜掛け続けた。
ようやく姉に通じ、安否確認が取れた。
恵子家族と連絡を試みているところだという。
同時に怒られた。連絡しない事に対して烈火の如く怒られた。

病院の番号を伝え、安否確認取れ次第連絡をくれることに。
アメリカの病院は柔軟に対応してくれた。院長らしき人が個室を提供してくれ、
連絡がいつあってもいいようにしてくれた。
そして毎日知らない人が病室を訪ねてきて励ましてくれた。
アメリカは国は知らないが、いい人が多い。

安否確認が取れないまま寝たきり生活が1ヶ月過ぎ、ストレッチャーごと帰国する事になった。
院長?の計らいでナース付き。今はなきノースウェストのファーストクラス横で寝て帰国した。

帰国数日後
恵子は家屋の下から発見されました。

震災の混乱の中、亡骸とは対面出来ず荼毘に付された恵子と対面しました。
彼女は俺の大学同級生宅に絵の練習に行った際に震災に遭い亡くなりました。

俺と知り合わなければそこには行かなかったであろう場所。
死んで恵子にお詫びを言いたい一心でどうやって死のうかどこなら死ねるのか
満足に動けないからここで死のうかどうやって?どうやって?

気が付くと病院の一室でした。心停止して蘇生されて生かされていた。
細かい事は覚えていないのですが、ママが病室にきてくれていて話してくれました。

本当にあの子の側に居てくれてありがとう。
短い一生だったけどいっぱい幸せをありがとう。
あの子は一生懸命生きた。

それくらいしか覚えていない。
ママは娘が亡くなったのに気丈に振舞っていた。
俺が死んでお詫びをとかなんとか言ったんだと思う
パシーンとほっぺたを叩かれました。

娘の分まで生きろ!!!

書いてて泣き過ぎて辛い。

叩かれた後ママといっぱい泣きました。
ママは今、東北で復興支援しています。

俺は今幸せなのです。
40過ぎのおっさんが幸せとか何書いてんだと。

どんな不幸な状況にある人でも生きてさえいれば
その不幸があったから今の幸せがあるというのを書きたいのです。

今年の震災でドン底を味わっている人はたくさんいると思います。
必ず幸せは訪れます。俺みたいに時間の掛かる人も居るかも知れません。
頑張って欲しいのです。

特定避けようと年齢ぼやかしたけど無理でしたね。
43年生まれです

同級生は女性
同級生一家はお父さんだけが助かりました。
仲が一番良かったそうで、泊まりでよく行っていたそうです。

リハビリを日本で開始した俺は、無心でリハビリメニューをこなしていた。
半年してようやく普通の生活ができるかもという、なんとも微妙な回復まで漕ぎ着けた。
一旦、渡米し諸手続きや引越しを済ませ日本に帰国した。

そのスポーツではもう飯を食うことはできない。食わせることもできない。
未来が見えなくなった俺。
ママの言葉「生きろ」が毎日のように頭に響いていました。
ですがここから数年何もできなかった。今でいうニートです。何もできなかった。
目標もなにもない。悲観も高揚もない。本当に何もなかった。

細かく書こうにもこの時期の記憶が曖昧です。
俺の20代は震災後なにもなかったのです。

30代に入り親も定年を迎えた。
仕事は期間工を数ヶ月やっては数ヶ月休むというのを繰り返していた。
スポーツ関連の人達とは音信不通で、一切連絡は絶っていた。
人の活躍等を目にしたりすると嫌な自分が出てきてしまいそうで、情報を断っていた。

あるとき偶然、以前お世話になっていたスポンサーの人Aと街中で会ってしまい、
猛烈に怒られた。

連絡しても出ない
スポンサーとか契約とかの以前に俺とお前は友人じゃないのか
俺がどんな気持ちだったのか考えたことあるのか

大声で怒られた。本気で怒ってくれていた。
身体を押され尻餅ついてしゃがみ込んでた俺をAさんは引き起こし連れて行った。

事務所らしきところに着くと、当時しのぎを削っていた知った顔がいくつか見えた。
個室へ連行されソファに座らされた。
Aさん「で何やってんだ」
俺「何もしてないです」
Aさん「仕事は」
俺「していないです」
Aさん「ずっとか」
俺「今はしていないです」
Aさん「身体は」
俺「動きます」
Aさん「できんのか」
俺「辞めました」
Aさん「わかった」

個室から出て行ったAさん
部屋を見回すとコルクボードに張られた写真の中に俺とAさんと恵子が並んで写る写真があった。
初めてスポンサーについてくれた会社の担当者がAさんでした。
彼は独立して子会社の社長になっていた。
このスポーツの黎明期から携わっているAさんは俺と恵子を年の離れた友達といつも呼んでくれていた。

Aさんが部屋に戻ってくると後ろに当時のライバルがスポーツ用具を持って続いて入ってきた。
Aさん「これ持って帰れ。ウチで扱っている商品のサンプルだ」
俺「…」正直見たくもない物だった。目線を外す。
Aさん「見たくないか?楽しむスポーツに切り替えろ。技術云々じゃなく楽しめ」
俺「もうできないと思います」
Aさん「いいからやれ」静かに部屋に声が響いた
用具を机に置くライバルの身体の動きがおかしい
ライバル「俺もやっちゃったけどまだやってるよ」
俺「え?」
ライバル「たぶんお前と一緒の箇所やってるはず」
Aさん「しつこいよなお前は」
ライバル「楽しいんすもん」
俺「できるの?」
ライバル「できないことが大半。でも楽しいよ」退室する後姿がかっこよかった
俺「そっか…」

ライバルは引退後Aさんに拾われて働き始めたそうだ。
Aさん「お前も働くか?」
俺「俺はこの業界はもう…」
Aさん「そうかぁ恵ちゃんは残念だったけど、どう思うかな今のお前を見たら」
俺「」
Aさん「こんど一緒に行くからお前も来い」
俺「いや俺は」
Aさん「来い」すごく…怖いです…

Aさんのお供で一緒にスポーツをしに行くことになった俺
怪我をしてから7年していない。怖かった。
いざやってみると下手糞でかっこわるくてどうしようもなかった

Aさんは煽ってくるが身体が動かない。でも同じく下手糞なAさんが
俺へったくそー!でもたのしー!とはしゃいでいる。
おまえ恵ちゃんより下手なのねw そんな煽りに乗せられたのでしょう。
なにくそ!恵子はこんなんより上手かった!

意外や意外普通にできた。
俺「…」
Aさん「なっ」
俺「うるさいっす。他の人に迷惑ですよ」
Aさん「ちょっとは楽しめ」
俺「うす」

身体的には現役には全く敵わないだろうが
その日、一般レベルからしたらそこそこの腕前までできることが確認できた。

その日の帰り
Aさんは恵子の思い出を語り出し、涙で運転できず俺が代行した。
かわいい人ですAさん。

その日以降、俺は動き始めた。
斡旋してくれようとしたAさんからの働き口を断り、自分で職探しを始めた。
30歳、職歴:期間工数回。詰んでる。
実に一年かかったが機械メーカーに就職できた。
現職場です。何故か管理職にまで昇進できました。

スポーツは趣味として身体に負担がかからない程度にやり始めました。
ただ、昔の仲間とはレベルも世界も違っているので一人でやっていたのでした。
某SNSで楽しむ程度のサークルを見つけた俺は
何か変わればいいなと参加してみることに。

競技する人達ではなかったので俺の事は知る人もいない
※実際そんな名のある人ではないです。
俺にとっては都合の良い環境だったのです。

初めて参加して思ったのが「出会い系」
独身者は出会いを皆求めている感じで、新しい人が来ると誰かしらがくっつく。
そしてフェードアウトが常でした。サークルの年齢層は20歳から30歳
俺はおじさん※童貞:魔法が使える

数年後
入れ替わりがたくさんありましたが、
俺は目的がそこじゃなかったので気付けばサークルの古参になっていました。
一般レベルよりかは上手いので俺の評判は悪くはないものだったと思う。
女の子に誘われてもなびかない。ああ童貞だよ。言わせんな恥ずかしい
男の子には技術的な面でのアドバイスが好評でサークルの兄としての立ち位置だった。

告白されても断ってしまう。そういうのがいつしか悪評に変わる。
男の子達は女の子の意見に左右されることなく慕ってくれていたが
居辛くなった為、退会してしまった。

そんな俺を見ていた数人はサークル抜きで一緒にスポーツをやってくれた。
その子達は俺の過去なんか知らない。話してもいないし当然だ。
あるとき飲み会で、どうして誰とも付き合わないのか聞かれた。
童貞だからとある意味正直に答えた。
笑われた。

ふいに
それだけじゃないでしょ?
私はそれだけじゃないと思うんだけど?
女の子が言った。彼女も出会い系に惑わされない人で純粋にスポーツをする人だった。
笑いが場から消え
女の子「ずっと見てるもんわかるよ」
俺はぽかーんとしながら気付いたら涙が流れていた。
みんな女の子のほうを向いていたので気付かれなかったが、
女の子は見ていた。
女の子「でも童貞だもんねぇ」
笑いが起こり、なんとかごまかせた。

恵子のことが好きな気持ちを数年ぶりに再確認したのだった。
やっぱりまだ好きなんだなぁ。
ちゃんと好きって恵子にいっていない。
恵子の感情を無視し続けた後悔。
別の話題になっていて上辺だけ笑いながらそんなことを考えていた。

飲み会がお開きになり家路についた頃
女の子「俺さーん」
女の子が走って追い掛けてきた。

女の子「ごめんね」
俺「ん?なにが?」
女の子「ううんごめんね」
俺「あーあれコンタクトコンタクト」
女の子「メガネですよ」
俺「」
女の子「なんかあったんですか?」
俺「いやなんにもな…」
俺「時間ある?」
俺はこの子なら聞いてくれるかも知れない。でもこのグループにいられなくなるんじゃないか。でも話してみたい衝動に駆られた。
女の子「あります」「いきましょう」
俺「」あれ?なにこれ?

女の子はカラオケ屋に入っていく。同意とか全く取らずがんがん進んでいく。
女の子「飲み物お茶でいいですね」
俺「はい」
部屋に入って丸イスをもってきて対面に座る
女の子「話してください」
俺「へ?」
女の子「涙」
俺「」
俺はこのスレに書いたことと同じ話を女の子にした。

女の子は一時間以上俺の話に相槌だけ打ってずっと黙って聞いてくれた。
女の子「よくわかりました」
女の子「話してくれてありがとう」
女の子「できればこれで鼻水拭いてください」
俺号泣しながら鼻水だらだらで話してた。

女の子「ありきたりですけど、恵子さんは俺さんに幸せになってもらいたいでしょうね」
俺「うん」
女の子「私俺さんのこと誤解してた。女の子の気持ちを弄ぶ男とサークルでは悪評だったんですよ」
俺「うん知ってる」
女の子「違うってわかってよかった」
俺「うん。うん?」
女の子「あ私俺さんのこと好きですから」サラッと言われた。
俺「」ポカーン

女の子「俺さんの気持ちは知らなくていいです」
俺「」ポカーン
女の子「何年も俺さん見てますけど、誰にでもやさしいし、子供とか犬とかは俺さんに一番懐きますよね」
俺「」ポカーン
女の子「そういうとことが好きなんです」
俺「」ポカーン
女の子「喋れ」
俺「あ、ありがとう。」
女の子「よし黙れ」

カラオケ屋を出たのは明け方だった。
女の子「じゃ始発で帰りますか」
俺「ありがとう」
女の子「あんまり溜め込んじゃだめですよ」
女の子「私の告白は気にしないで、これからも指導お願いします」
俺「はい。ありがとうございました」ちゃんと今日のお礼言ったら
女の子「そういうところも好きです」
俺「」ポカーン
女の子「じゃ」
後姿かっこよかったです

これ以降グループの飲み会で態度の変わることのない女の子が段々気になりだした。
かといって俺からどうすることもできなかった。

そんな折、女の子がある国家試験を受けると言うので、合格したら豪華ディナーという
特典を用意した。女の子は無事突破し、俺はディナーの約束を取り付けた。

女の子「ほんと大変でしたよ」
俺「すごいね。おめでとう」
女の子「いやいや何の誘いもなく、あれから一年くらい経ってますよ」
俺「あ、そっちの話か」
女の子「まーそういうのも好きなところですけどね」
俺「え?まだ好きでいてくれてたの?」
女の子「私は滅多に人を好きになりません」
俺「すみません…」
女の子「何か変わりました?」
俺「正直に言うとあの子のことは何も変わらない」
女の子「当たり前じゃないですか、恵子ちゃんがいて今の俺さんがあるんだから」
女の子「忘れたなんて言ったら怒りますよ」
俺「」
女の子「私が聞いているのはこの一年で心境の変化はありましたかってこと」
俺「…君が気になっている。」
俺「恵子がいて今の俺があるって当たり前だけど嬉しい言葉です」
女の子「おーようやくこっち向いたか。あと何年かかるのかなって思ってた」
女の子「恵子ちゃんは俺さんが笑顔になれる方向へ行ってくれないと生きていた意味ないんだよ」

女の子がシクシク泣き始めた。
とたんぴゃーって泣き始めた。恵子と一緒の泣き方だ。

不幸を不幸だと言うのは簡単です。
不幸のうえに幸福を積み重ねるのは俺には容易ではなかった。
かなり長く時間がかかりましたが、俺は幸福をひとつ重ねる事ができました。

東北大震災で被災された方々、未だ避難生活を強いられている方々
負けないでください。俺は草の根ですが支援をしていきます。
一人でも多く、幸福を重ねられますように。

女の子とは今年結婚しました。
子供は童貞卒業し立てなのでまだです。
嫁の強い希望で女の子ができたら恵子にします。

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