あほやなぁ、父さんは。 もっと別の言い方したら、きちんと通じるのに

転勤になって、一人暮らしを始めた。

慣れないことばかりで、かなり
へばっていた。

ある日、出張先のホテルで夢を見た。
なぜか、実家の居間でソファーに
寝転がってTVを見ている。

もう深夜で部屋の電気も消して暗い中で、
TVが青い光をちらちら放っている。

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もう疲れて一歩も動けない、
早く自分の部屋で寝なきゃと思いながら、
TVを眺めていると、
父が2階の自室から降りてきて、
ちょっとこっちを見た後、冷蔵庫の中を覗いて、
背を向けながら、

「おまえ、いつまでそんなことしているんじゃ。
仕事ばかりしてんと、自分の身体大切にせーよ。」

と言った。
そこで、目が覚めた。
胸の中の何かが外れて、
暖かいものがこみあげて来ていた。
枕を抱いて嗚咽していた。

転勤前には、いろいろなことがあって、
父と冷戦中であった。

うちの父は、口下手でほとんど話をしないが、
たまに何かこちらに話すときは叱責の
言葉ばかりであった。

転勤前に、いつも深夜まで続く残業に

「おまえ、よっぽど仕事がでけへんのやなぁ。
きちんと定時までに仕事、よう終わらさんのか。」

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などと言うので、大喧嘩したばかりであった。

「あほやなぁ、父さんは。
もっと別の言い方したら、きちんと通じるのに。」

と言いながら泣いていた。
宿泊のホテルから、客先に向かう地下鉄の中でも涙が止まらずに、
周囲の怪訝な視線を浴びながら泣いていた。

その日の仕事を終えて、実家に電話した。
母が出て、互いの近況について話した後、

「父さんいる?」

って聞いたら、しばらく電話先で話した後、

「元気にしてたら、それでええって。
何も話すことあらへんって言っているよ。」

「父さんらしいな。元気にしているってだけ言っておいて。」

と言って切った。
夢の話をするつもりだったが、
そういうのがなくてもつながっているという安心感があった。

それから一週間後、過労から、
はやり目と風邪を併発して、高熱と一時的な失明のため、
一ヶ月休職して、実家で両親に面倒見てもらうことになるとは、
予想もしていなかった。

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