母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい、 自分が養女だってことを知った。母「こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」

父、母、弟の4人家族だけど、
実は私だけ血の繋がりがない。
子宝に恵まれなかった両親が子供を諦めて
施設から私を引き取ってくれた。
当時の記憶は全くないが、私が2歳の時らしい。

ところがその2年後に弟が生まれた。
母の浮気とかそんなんじゃないよ。念のためね。
ストレスから解放されて妊娠しやすくなったとか、
そういうことなんだろうな。
よく分かんないけど。

小5の時、たまたま母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい、
自分が養女だってことを知った。
私が友達ともう遊びに出掛けたと思い込んでたらしい。
その流れで

「(母)こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」

「(叔母)でも私ちゃんのおかげで授かれたのかも知れないよ」

「(母)そうなんだろうけど、やっぱり早まったって思っちゃう」

なんてことも聞こえてきて、目の前が真っ暗になった。

実はそれまでにも父も母も
私より弟の方が可愛いんだなって思うことはあった。
でも小さい方に手を掛けるのは当たり前なんだろうと
思うことにしていた。
そういうことだったのかと思うと悲しくて悲しくて
近所にある鉄橋の下で思いっきり泣いたの覚えてる。

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その後、私にとって一番怖かったのは、
父と母が本気で私に飽きて放り出されることだった。

それ以来、母の手伝いをこれでもかってぐらいした。
母はそれを喜んでくれた。

父の方は、仕事から帰ってくると
肩叩きをしようとしたら断わられて

「疲れてるんだから寄ってくるな」

みたいに言われて、
以来なるべく近づかないようにしてた。

弟は可愛かった。
何も知らずに懐いてくれるのが嬉しかった。
そんな感じで表面上はそれまで通りの家族として過ごした。
でも高3の時、ひょんなことから弟もその事を知ってしまった。

「そんなことは関係ない、今まで通りお姉ちゃんはお姉ちゃんだ」

と言ってくれて、その事が嬉しくて、
それまで通りの姉弟だったけど
徐々に弟の私を見る目が変わってきた。

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そして卒業を目前にしたある日、突然弟に襲われた。
あの時の弟の目は今でも鮮明に覚えている。
弟を殺しかねないぐらいに抵抗して抵抗してリビングはぐちゃぐちゃ。
トイレに逃げ込んで籠城し、最後の一線は守ることができた。
何があったか、帰ってきた母には一目瞭然だった。
その日の夜、弟は叔母の家に行かせ、両親と3人で話をした。
母は涙を流しながら

「私子には悪いけどやっぱり自分の子が可愛い」

と言った。
そして父に

「大学を出るまでは責任持って面倒を見るが、
できれば県外での就職を目指してほしい」

と言われた。
早い話が

「もう出てってくれ」

って事なんだろうなと冷めた頭で考えていた。
そしてこんな時なのに、
もし襲われたのがこの父だったら負けてたな、とか
父も弟みたいな目で見てたこともあったのかな、
とかそんなことばかり考えていた。

約束通り、大学を卒業するまで
学費も生活費もそれなりに面倒見てくれた。
そして飛行機の距離で就職を決めた。
家にはもう5年近く連絡もしてないし帰省もしていない。
向うからも何も言ってこないし。

そして今、彼にプロポーズをされたところ。
結婚ってよく分からない。彼には生い立ちのことは話した。
弟とのことだけは話していないが、
もうずっと帰省していないことも帰省したくない事も話した。
でも正直、彼に話すんじゃなかったと後悔している。

「そうは言っても育ててくれた家族だろう?」

と非難されるのが辛い。

「娘として愛してるはずだよ」

「大きな器がなかったら余所の子を引き取ろうなんて思わないって」

「今だって心配してるよ。結婚するって言ったら喜んでくれるよ」

彼の純粋さが羨ましいが鬱陶しい。
育てて貰ったことを感謝していないわけじゃない。
だけど、小5のあの日からずっと
この家の娘だと思えたことは一度もなかった。
いつも怖くて寂しくていたたまれなかった。
その感情が消し去れない。

その気持ちをどう話しても理解してもらえず、
この話になると喧嘩になる。
好きって気持ちだけでこの人と結婚なんて無理だ。
明日彼に別れを切り出すつもりでいる。
私はたぶんこの先も結婚はしないと思う。

彼に会う前に自分の気持ちを整理したくて長々と書きました。
お目汚し失礼しました。

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