余命宣告された父の手を握り母が歌っていた

先月父親が他界したのよ
たいぶ長く闘病してたし余命も宣告されてたの

最後の数週は眠ったり起きたり、
起きてても薬でボンヤリしてるか、
うめいてるような泣いているような
小さな声を漏らすだけで、
ほとんど目も合わず喋らなくてね

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元気だった時は気丈で覇気のある、
強き夫強き父って感じの人だったんだけど

そんな時期のある日に見舞いに行き
父の病室に入ろうとしたら、
個室な病室の中から歌が聞こえたのよ

扉を少し開けて覗いたら、
母が、父の手を握りながら「浜辺の歌」を歌ってたの
父はグシャグシャに泣いてた

何か部屋には入れなくて、
すぐ扉を閉めて病院の入り口まで戻ったわ

何となく両親て、子にしたら
何でも全て知ってる人達な気がしてたけど、
そうでもないんだよなと思い知らされた日だったわ

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浜辺の歌って三番の歌詞に、
病みし我も既に癒えてとか出てくるのよね
歌に癒えない我が身を重ねたのかな

私は学生時代にアルバイト先で出来た友人で、
家の貧困と父親の酒乱に耐えかねて、
単身南の方の県の離島から高校中退で逃げるように
上京して来たって言う子がいたのよ

飲んだ時一度だけポツリとそんな話をして、
その後は全く身の上については訊いても、
笑って濁して話さなくなった

ある秋の日に、その子を誘って
一緒にドライブして海岸を見に連れて行った時に、
その子が海を見ながらしみじみと「椰子の実」を歌ってね

その翌年私は卒論と就職活動に忙しくなってバイトも辞めて、
その子とはやり取りしなくなってしまったけど、
あの歌は忘れられないわ

あまっちょろい自己憐憫とかでない、
染みるような寂しさが伝わって来てね

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