それが、生きている夫を見た最後だった。

もう何年も前の話。

結婚して2年ぐらいだった。
夫は優しい人で、いつも明るく、私を笑わせてくれていた。

とても好きだったんだけれど、おっとりした人で、神経質な私をいらいらさせることもあった。
でも夫は、仕事のことで不機嫌になり、なにも悪くない夫のことを私が邪険に取り扱っているときでも、
いつも私のことを気遣ってくれる人だった
私が体調悪いときは、仕事を途中で抜け出して帰宅し、
その後仕事に戻って徹夜するような、
自分がどんなに無理しても私の面倒を見てくれる人だった。

夫婦の家事分担は、
私も仕事を持っていたので、
食事・洗濯等は私がやる代わりに、
使用した食器の洗浄は夫の担当ということになっていた。

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当時夫は、連日日が替わってから家に帰るほどの激務が2ヶ月も続いていた。
でも文句も言わず、深夜私が寝付いた後に帰宅して、
私が用意しておいた食事を食べ、夜中に私の分も含めてちゃんと食器を洗ってくれていた。
そんなある朝、私が起きると、台所に洗っていないままの食器が放置されていた。
きれい好き、整理整頓好きだった私は、我慢が出来ず、その後起きてきた夫をなじった。

「ちゃんと洗っておくって約束したでしょ!なんでやってないの!!」

夫は「ごめん、やるつもりだったんだよ。でももう3時前だったし、
疲れてベッドに横になってたら、寝ちゃってて。」
「まだ時間あるから出勤前にやっておくよ」と謝ってきた。

私は、「言い過ぎた!ごめん!」と思ったが、なぜか態度には出せず
「私が帰る前にちゃんと洗っておいてね。でないともうご飯作ってあげないよ。」と言い放った。

もちろん、冗談のつもりだった。

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夫は私よりも出勤時間が遅いので、出勤する私をドアまで見送り、
キスをするのが毎朝の習慣だったが、私はキスをしたそうな夫を無視して、
「じゃあ、ちゃんと洗っておいてね」と言い捨てて出勤した。

夫はドアの向こうで、笑顔で、でもほんの少し悲しそうな表情で
「わかったよ、気をつけてね。」と手を振っていた。

それが、生きている夫を見た最後だった。

その日の午後、会社に電話が入った。夫が事故にあったという報せだった。
病院にかけつけたとき、すでに夫は、この世の人ではなかった・・・・。
冷え性の私の身体を、ベッドの中でいつもあっためてくれていた夫の手、
その手を握り締めたが、とても冷たかった。

あまりのショックに何も考えられず、呆然としたまま家に帰った。
ふと台所を見ると、今朝洗ってなかった食器が、綺麗に洗われて、
水切りかごにならべられていた。
涙があふれ出てきた。最後に見たドアの向こうの夫の顔、そしてあの冷たい手。
その二つだけを思い出しながら、何時間も、何時間も、ひたすらすすり泣いた・・・・。
もう何年もたちますが、私はまだ独り身です。その間何人か好意をもってもらった
男性もいましたが、私が乗り切れなかったこともあり、
正式に付き合う関係にはついに至らず、現在まで来ています。
現在は仕事とスポクラ、ネットが私の時間つぶしの対象です。

今でも夫の最後の顔は鮮明に覚えています。
キスしとけばよかった、「別にいいんだよ。」と言ってあげればよかった。
痛烈に後悔しています。

何より、いま私の横にあの人がいれば、と未だに思っています・・・・。

ついつい昔のことを思い出して書いてしまいました。

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