母は弟を捨て私を連れていった

私には1歳下の弟がいる(仮名・ゆうすけとします)
小さい頃私達一家(父母私弟)は父方の祖父母と同居していた

よくある話だけど祖母は母と折り合いが悪く、
その息子である父も自分の母親言いなりだったようだ
祖父は非常に無口な人ではっきり言って空気だった
祖母と父は、弟を異様に可愛がって…
というか甘やかしていた

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姉の私とははっきり差別があった
弟だけ決められた時以外でも
オヤツを食べて良かったし
嫌いな食べ物を残しても、
オモチャを散らかしても怒られない

5歳の弟が花瓶を投げて割った時も、
一緒に遊んでいた私が叱られる有様だった
母は子供ふたりには分け隔てなく
しっかり躾けようとしていた

別にヒステリックなやり方じゃなくて
「ご飯前にオヤツは禁止」
「遊んだオモチャはすぐ片付ける」
とかごく当たり前の躾けだったと思う

けどそれを祖母や父が

「お母さん怒ってばっかりで怖いねー」
「ゆうちゃん、オヤツ好きだもんねー」

とか言って甘やかし続けてたのは良く覚えてる
正直当時は好き勝手やっても
かばってもらえる弟が羨ましかったりもした

母は随分努力した(と思う)けど、
母親VS父親&祖母の1体2じゃ勝ち目はなかった
今思えば嫁いびりの一環でもあったんだと思う
結果、弟は小学校に上がる頃にははっきり言って
かなりの糞ガキになっていた

食卓に自分の気に入らない料理が出ると
食べないだけでなく、箸やフォークでグチャグチャにする

どこかで「ババァ」と「ブス」という言葉を
覚えて母と私を呼ぶのに使う
母を「ババァ」と呼んで怒られると
「鬼ババァが怒った♪鬼ババァが怒った~♪ばぁちゃ~ん」
と祖母の所へ駆け込んでいく

自分が散らかした子供部屋(私と弟の共有)を
「ブス!片付けとけよ!」と私に命じて遊びに出かける
私の当時の宝物(お菓子のおまけのシール)を盗んで
親には「お姉ちゃんがくれた」と嘘をつく

母は「お姉ちゃんに返しなさい」と怒ったけど、
祖母や父は「お姉ちゃんがあげたんだろ?
取り返すなんて意地悪」と私を叱った
結局宝物は返って来なかった

両親が離婚したのは、私が小学校3年生になる直前
母はまず私と2人だけの時に

「お母さんね、この家を出て行こうと思うの」

と打ち明けた

「お母さんと来ると遠くへ引っ越ことになるけどいい?」

と聞かれ一瞬迷ったけど、
母の居なくなった家に残されることを考えると
「私も行きたい」と答えるしかなかった

そこでふと気になって
「ゆうちゃんはどうするの?」と聞いた
母の返事は

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「ゆうちゃんはここに居たいと思うよ」

だった
両親の離婚の話し合いから引越しまでは
2週間くらいだったと思う
(その間、私は何故か祖母に徹底無視されたw)
子供の目から見ても淡々としていて、母が私を、
父が弟を引き取ることに自然と決まった感じだった
弟は最初はそうこたえている様子も無かった
(「鬼ババァとブスがいなくなるの?やったー」とか言ってた)

それがいよいよ引越しトラックが私と母の荷物を積んで
今日出て行く、という時になって
「やっぱり僕もついてく、お母さん!」とぐずり出した

正直、私はその当時そうとう弟が嫌いだったけど
「ゆうすけはこれから一生お母さんと離れ離れなんだ」
と子供心に思ってなんだか可哀そうになって
「お母さん、ゆうちゃんも一緒に行けないの?」
と聞こうとして母の顔を見た

その時の母の顔は20年以上経った今でも忘れられない
何というか、完全な無表情で弟を見ていた
「ゆうちゃん、お母さんの事嫌いなんでしょ?」
泣きながら首を振る弟

すると母は
「お母さんはね、もうゆうちゃんの事好きじゃないの」
「だいたい『お母さん』じゃなくて『ババァ』なんでしょ?」

そんな事を、淡々と、感情を込めずに言っていた
弟は激しく泣き出し、祖母や父が母の態度にキレたけど
母は最後まで冷静なままだった

一緒に車に乗ってからも、私は心臓がドキドキしていた
隣の母が怖かった
母に嫌われたら自分も捨てられるんじゃないかと
1人怯えていたのが最大の修羅場

その後は飛行機の距離の
母実家の近くへ引っ越した事もあり、
父側とはほとんど没交渉だった
小学生の頃は何度か手紙を出したけど返事も来なかったし
父に会ったのも学生の頃にたった2回

弟や祖父母には直接は一度も会っていない
私が結婚する時に一応招待状を出したけど
返事は全員欠席だったくらい
(ご祝儀はいただいたので、
お礼の郵便や電話のやりとりはあったけど)

母も、私が知る限り一度も弟には会いに行っていない
再婚もせず恋人を作ることもなく、
一馬力で働いて私を大学まで出してくれた

私に対しては今も普通に愛情深い母だと思う
そして去年、祖父が亡くなったと連絡が来た
さすがに知らん顔も出来ないので、
旦那に子守を頼んで私だけかつての我が家に飛んだ
父はびっくりするほど老けこんでいて、
弟と祖母は姿を見せない

久しぶりに会った父方の親戚から
近況を聞くことが出来た
祖母は痴呆を発症して施設へ
弟は十代後半で引きこもりになり、
アラサーになった今も2階の部屋から
ほとんど出てこないらしい
葬式にも最後まで顔を出さなかったし、
私も無理に会いには行かなかった

父方のおばには母へのイヤミ
(弟を引き取らなかったこと、会いにも来なかったこと)
を言われた

父には「お前とゆうすけは何があっても姉弟だよな」
と何かを確認するようにしつこく言われた
言葉を濁して、葬式が終わると
すぐ逃げるように帰って来た

帰って母に父一家の現状を話したら
「へぇ、大変だねぇ」と、
本気でどうでもよさげな反応だった
「可哀そうだからって変に関わるんじゃないよ。
あんたも家族があるんだから」と釘もさされた
まるでめんどくさい他人に対するような物言いに、
20数年前の事を思い出してもう一度ゾッとした

ダラダラ書いた上にまとまってなくて申し訳ないけど
実の息子に対する母の態度の全てが
私にとって薄ぼんやりした修羅場

私にも今、子供(幼児)がいるんだけど
「この子がもしあの時の弟みたいな
モンスターに育ってしまったら」
と想像した時に『見捨てる』という選択肢はどうしても出ない

私の場合、旦那も義母も常識人だし
義実家で同居している訳でもないから
あの時の母の気持ちを完全には知りようがないけど
心のどこかで母が怖いと思ってしまう

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