「変なもん拾っちまって」携帯が出てきた。着信で振動している。

夜の12頃、友人のAから電話がかかってきた。
『おい、今何処にいる』
「部屋にいるけど」
『悪いけど、これから行くから待っててくれ。すまん』
「へ?別に良いけど」

10分後、Aはやってきた。
「すまんな」
「良いって、なんだよ」
突然だったんでちょっと不思議だったが、
俺とAは昔っからのダチだ。
別にこれぐらいそんなに遠慮する事もないだろって思いながら、
とりあえず発泡酒を用意した。
「飲むか」
Aは「わり」といって受け取る。

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「変なもん拾っちまって」
そう言うとAは、鞄からタオルを出した。
ブ~ブ~、ブ~ブ~
タオルの中で何かがなっている。てか携帯だろそれ。
タオルを開くと携帯が出てきた。着信で振動している。

「絶対に出んなよ」
「拾ったって携帯か?」
Aは「ああ」といって携帯を開いた。
着信2百何件って表示されていた。
俺は思わず「はぁ」と言った。

しばらくすると、また着信だ。
ブ~ブ~、ブ~ブ~
「出たら?」
「なんか、やばそうでさ」
確かにやばい。しばらく様子を見たが、ひっきりなしに着信だ。
誰からの電話だろう。携帯を取ろうとしたら、Aがそれを止めて、
財布から紙切れを出した。
『080-XXXX-YYYY』って書いてある。
「全部、そいつからの着信だよ」
「怖。怖すぎだろ、それ。警察に持ってけよ」
「もう夜中だし。明日だ」

それから、取り合えず酒を飲みかわした。
その間も携帯は、ブ~ブ~、ブ~ブ~となっている。
Aは「うっとおしいな」といって、
携帯をタオルでくるんでバックに突っ込んだ。
それからしばらくバカ話をして、
深夜のアホなTVを見て寝た。

次の朝、と言っても既に昼過ぎだったが、警察に行った。
その頃には携帯は静かになっていた。
気になったんで着信を確認してみたら、
7百何件ってなっていた。すごすぎる。

A「すみません。これ拾ったんですけど」
警察「あ、はい、落とし物ですか。少しお話を伺いますけど良いですか」
A「ええ、良いですよ」
それから何処で拾ったとか、どんな様子だったかとか、
何時拾ったかとか、そんなやり取りをした。
警察のおっさんは携帯をしげしげと見て、何かを確認しているようだった。
それから、携帯を机において、書類に何かを書いていた。
メーカーとか、色とか形とか、そんなことかな。多分。

その時、ブ~ブ~、ブ~ブ~と携帯がなった。ちらっと番号を見た。080XXXXYYYYだ。
警察のおっさんは「おお」とちょっと驚いて、携帯に出た。
「はい、もしもし、どなたですか?」
それから、「ええ」「はいはい」「そうですか」「ええ」「こちら警察なのですけど」
みたいな感じで話していた。

「いえいえ、大丈夫ですよ。ではよろしく御願します。はい」
俺は、警察って意外に礼儀正しくて良い感じの人なんだな、とぼんやりと考えた。
警察「持ち主からの電話でした。これから受け取りに来るようですよ」
A「そうですか。良かったです。それでは失礼します」
警察「もし良かったら、一時間後に来てくれないですか。
 持ち主がお礼をしたいって言ってるんですよ」
俺は一瞬嫌な予感がしたが、結局一時間後にAと一緒に来る事になった。

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警察に行くと、爽やかな男がニコニコして待っていた。
男は20代後半って感じだ。
男「いや、ありがとう。助かったよ。ホントありがとう」
それから、警察のおっさんと、その男と、Aと俺で、
しばらく「ありがとう」「いえいえ」みたいな会話をした。

男「君たち、お腹はすいてないかい。なんか食べようよ。
 いい店があるよ。僕が美味いと思うお勧めの店だよ」
と誘われた。
男とAと俺で飯を食いに行く事になった。

アメリカンな店だった。ステーキだ。
男は明るくて良く話す人だった。
自分は広告代理店で働いていて、この店の店長とも知り合いで、
店長は他にも店を持っていて、
店の広告とかは自分が作ってと、エラい勢いで話してくれた。
メニューを選ぶ時、俺とAがどれにしようかな、和風ソースが良いかな、と迷っていると、
「おい、なににする、君たち、これが良いぞ、これが。
 焼き方はどうする。ここはレアが良いぞ。
 これにしろ、これがでかくて食いごたえがあるんだ。
 あの~すみません。オーダー良いですか」
みたいな感じでパワフルだった。
そんな風に食って話してって感じだった。
あと男は、無性に褒め上手だった。
俺とAのことを「良いね~良いね~」と何度も言った。

「そうだ、君たちの携帯の電話番号を教えてくれないかな。これを機会に、友達になろうよ」
あ、良いっすよ、と俺が言おうとすると、
それを遮ってAが、「いや、良いっすよ。そんな。良いっすよ。ほんと」
と、携帯の番号を教えるのを嫌がった。
そう言えば、Aはいつもより無口だった気がする。
男が一方的に話して、こっちは相づちを打つだけだったから、
気にならなかったが。

Aはしつこく断わり、男は一瞬むっとしたように見えたが、すぐに笑顔になった。
「君たちも色々あるだろうから、慎重になるんだろうね。良いよ良いよ、気にしないで。
 じゃ、そろそろ行こう」
と男は立ち上がった。
え?ちょっと俺、食いかけなんですけど、まだ肉が・・・とほほ。
男は既に食べ終わっているようだった。
良く分からないが、男は急にそそくさした感じになった。
俺とAは「ごちそうさまでした」「ありがとうございました」と礼を言った。
「良いって。美味かっただろ。この店また来いよ。そうすりゃ会えるかもな」
それで別れた。

「おいA、どうしたんだ。腹の調子でも悪いのかよ(笑)」
「いや、ちょっと気になってな」
「なんだよ~」

それからAは、自分の考えを話してくれた。
「多分あの男は、携帯の持ち主じゃねえぞ。
 だいたいあんなに、しつこく何度も電話するなんて普通じゃない。
 多分なんだが、あいつは自己愛性人格障害だ」
Aの話をかいつまんで説明すると、自己愛性人格障害の根拠として、
・自分の話(自慢話)ばかりした事
・俺たちを根拠もなくやたらと褒めていた事
・俺たちの食べるペースを全然考えていなかった事
・むしょうに馴れ馴れしかった事
・一見親切そうに見えたが、自分のやりたい事に俺たちを巻き込んでいた事
・俺たちの携帯番号を聞こうとした自分の願いに、答えなかった時むっとした事
・その直後に、自分の立場を取り繕うようなことを言った事。

「自分が『気前良くお礼をする好青年』だと酔っているように見える。
 お礼にステーキをおごってくれる、と言う行動そのものは親切そうだが、
 メニューを勝手に決めてしまう。
 こちらが食べているにもかかわらず、話しかけてくる。
 やたらと褒めていたが、それは俺たちを操作しようとしていたからじゃないか。
 いきなり携帯の電話番号を聞いてくる不自然さ。
 こっちが食べ終わってないことを気にしていない。
 そもそも、店に俺たちを連れて行くそのやり方が有無を言わせず、
 親切そうだが、自己中心的だ」
俺は「確かにそうかもしれん」と頷いた。
「あの携帯の持ち主だけど、多分、あの男につきまとわれてるんだろうな。
 一晩で7百回も電話するなんて、どう考えてもおかしいだろ」

俺は、もし電話番号を教えていたら、と思うとゾッとした。

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