敦生君の母、孝子さんが車を運転中に事故に遭った。
それは、敦生君が生後8カ月のころでした。
顔がまひし、手でソファをたたくぐらいしか
意思を伝える方法がなくなった。
昨春、入学した敦生君は、
友達につばをかける「問題児」だった。
担任の佐藤住子教諭(57)が家庭訪問すると、
口からだ液を流す孝子さんの姿があった。
「お母さんのまねをしていただけなんだ」
そう思った佐藤教諭が
「お母さんは後遺症と必死で闘っている」
と言い聞かせると、問題行動はすぐに消えた。
佐藤教諭は昨年5月、授業でコンクールの課題図書
「しゅくだい」(宗正美子さん原案、いもとようこさん文・絵、岩崎書店)を
読み聞かせた。
「しゅくだい」はモグラの「もぐ」が主人公。
学校で「だっこしてもらうこと」が宿題として出されたが、
母親は妹の世話で忙しく、構ってもらえない。
遠慮して言い出せなかった「もぐ」が母親に宿題のことをきかれ、
事情を知った家族がみんなで「もぐ」を抱きしめるという作品だ。
佐藤教諭は作品にならって「だっこ」を宿題に出した。
敦生君を意識したわけではなかったが
「ママは僕をだっこできるかな」
と、もじもじする敦生君に気付いた。
「あっくんは、きっとママにだっこしてもらえると思うよ」
と言うと、敦生君はうれしそうに跳びはねて家に帰ったという。
言葉を話せない孝子さんは子供をしかる時、
つめでソファを引っかいて表現する。
家に帰った敦生君が孝子さんのひざにそっと乗った時、
孝子さんはソファを引っかかなかった。
敦生君は
「ママ、ちょっと笑った。ぼくはいっぱい笑った。ママって温かいと思った」
と振り返る。
孝子さんはそれからリハビリに熱が入り、
人に支えられながらも歩く足取りがしっかりしてきたという。
敦生君の感想文はこう終わっている。
ぼくは、ママにだっこされたことがなかったので、
一回だけでいいからだっこしてほしかったのです。
でも、一年生にもなってママにだっこしてなんて、
はずかしかったのです。
しゅくだいが、だっこでよかった。