どうにもならない事情があって、会社に辞意を伝えた日。
これから帰るって妻にメールしたら、
ちょうど近くまで車できてた妻が迎えにきてくれた。
妻が運転する車でしばらく走ってから
「きょう会社辞めてきた。来月から無職」
って伝えた。
妻は「そっか」とだけ言った。
恐る恐る顔色を伺うも無表情。
伝わってないのかなと思い、今度は妻の横顔に向かってはっきりと、
「おれ会社辞めたよ」
妻はもう一度、全く同じ口調で「そっか」。
あとは二人ともほとんど無言で、カーラジオの音だけが響いてて、
おれは自分の胃がすごく冷たく感じたのを覚えてる。
家に入ると、いつものように出迎える猫。
妻は、猫を抱き上げて頬ずりし、心底嬉しそうな声で、
「パパ、会社辞めたってー。嬉しいねー。やっと楽しいパパに戻るよー」
家では会社内のゴタゴタとか一切話さないようにしてた。
ストレス溜まってても気づかれないように気をつけてたし、
愚痴どころかため息すらつかないようにしてたから、
辞めたことを伝えたら、
驚くだろうし悲しむだろうし怒るだろうなと思ってた。
少なくとも喜ばれるとは全く思っていなかった。
隠しても隠せるもんじゃないんだな。
ちゃんとわかってたんだな。
タバコ買ってくるっつって外に出て、誰もいない駐輪場で一人で泣いた。
あのときは、こいつと結婚して本当によかったって思ったよ。