みんなでせーのでビールを飲む、そんな家庭の、昔のお話

今となれば笑えるけど、
当時はみんなそれぞれ悩んだ家族の修羅場。

産みの母は、俺を生んで死んだ。
心臓周りの血管に元々持病があったらしい。
だから、俺は産みの母を知らない。

産みの母が死んで、俺を育てるのに必死だった親父をすぐに助けたのが、
二つ下で父の幼なじみだった養母。(以後母と)
ちょうど、母にも子供(姉貴)がいて、丁度いいからと面倒を見てくれた。
そっちの父とは離婚したそうだ。理由は知らん。教えてくれない。

そこで色々あって、俺が3つの時に再婚、4人家族になった。
まあ、父方の祖父母曰く、収まるところに収まったんじゃろ、とのこと。
(別に産みの母を嫌っている訳では無い。むしろ褒めていた)

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ところが、小4の時に、親父が死んだ。心臓だった。
めちゃくちゃ朝早いはずの親父が朝起きて来なくて、
そのまま冷たくなってた。
俺も、姉貴も、死ぬほど泣いた。

両親の祖父母の手助けで生きていたが、
中学2年の時に、母が再婚した。
同じように嫁さんを病気で無くした、
近くの大きな鉄工所のオーナーだった。
親父と、そんなに年変わんないんだ。そこにも、弟と妹がいた。
というか、姉貴→妹繋がりで知り合って、再婚、となった。

ここでまず、俺の脳内修羅場発生。

「血が繋がった人がいなくなった」

この修羅場が表に出たのが、俺の大学受験のとき。
父の意向で高校、大学、院までぶっ続けで行ける技術系の
学園にいたんだけど、ある日養父に

「お前、大学どうする?受験?エスカレーター?」

って言われて

「受験はしません。エスカレーターもしません。就職して、家を出ます。
これ以上、迷惑はかけられません。俺は、あなた方と血が繋がってないんです」

って返した。返してしまった。

自分でも、やっちまったな、とは思ったわ。でも、しょうがないじゃん。
技術系の大学の学費、私立たけーんだって。年間、基本で150行くんだぞ。
追加で色々発生するし。で、弟妹もいるしな。

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無論、死んだ父母の保険金や、
既に亡くなってる父方祖母の保険金やらで
俺ひとりでも賄えない事は無い。盛大にお釣りが来る。でも、多分、
養父はそれを使うことを許さない、そういう人だ。分かってたから、
そう言った。家を出ますってね。ぶった斬るならここしかない、って。

雰囲気というか、空気が凍った。みんな止まった。

最初に動いたのが姉貴だった。まず思いっきりビンタ一発。
いい音したね。あんな衝撃はあれ以降お目にかかったことがない。
頭ぐわんぐわんしたよ。吹っ飛ばされて廊下のドアのガラス割ったよ。

それよりやばかったのは、女3人そこでボロ泣きしてるその光景。
まさか、付き合い浅い妹まで泣くとは思わなかった。
姉貴と養父はハッキリブチ切れてた。
弟は、呆然としてた。

そこで聞かされたのが、
死んだ親父が行きたかった学校に今俺が行っているって事。
死んだ親父は、高校卒業して、でもお金がなくて、その大学行けなくて
自衛隊行って技術や資格を身につけてた。
で、どうやら俺と親父の思考がよく似てるから、高校から
ここに入れよう、って生前言ってたそうだ。
俺はてっきり、父が鉄工所やってるからそこに入れたんだと思ってたけど、
全然違ったよ。知ってたんだその話を養父はな。
何で俺に教えてくれないよ?

その後、一晩中こんこんと説教されながら説得されて、家族の前で

「大学行きます」

って宣言させられた。

学費出してもらう代わりに鉄工所で下働きする、って言ったけど
笑い飛ばされて、じゃあってんで
資格取得に関係するお金は自分で出す!って
押し通した。ここはもう引けなかった。

結局その後、院まで行って、就職探す段になって

「弟は鉄工所要員として使い物にならないからウチ来い(養父)」

となり、今じゃ俺は製品開発部のチーフですよ…

あ、別に弟ダメじゃないですよ?
頭が電気寄りなんで、電気工事士1種と、工事担任者と、あと、
なんか家庭関連の資格いろいろ取って仕事してます。
家電なんちゃら整備エンジニア?とか持ってたな。

結局、血は繋がってないはずの俺が、何故かきっちり長男扱いされ、
会社の跡継ぎ扱いされ、父と妹と3人汗だくになって帰ってきて、
みんなでせーのでビールを飲む、そんな家庭の、昔のお話。

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