嫁にありがとうっていってみた

昨日晩酌しながら、ありがとうって言ってみた。
笑いながら「どしたの?」って言ってたけど本当に感謝しているよ。

嫁と出会ったのは中学の頃、同じクラスになって席が近かったのがきっかけだった。
その頃は将来共に過ごすなんて考えた事も無かった。

嫁は優等生だった。それに気が強くよく怒られた記憶しかないww
俺はどこにでもいそうな普通の男子学生…好きとかそんな感情はなく。
殆ど絡みもなかったんだ。

学年でもトップクラスの優等生だったし、
気の強い子だったから俺としては敬遠してたのだが、たまに見せる笑顔が気になってたよ。
三年に進級してからも同じクラスになり、少しずつ話すようになった。
意外と気さくな子でたまに話したりしてたんだ。

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進路を決める大切な時期で俺自身も進路は決めていた。
中堅進学校で納得してそれなりに勉強してたんだ。彼女は県下No1の進学校に受験を定めていた。
仲を縮めるキッカケになったのは、体育祭の委員に選ばれた事。
お互いじゃんけんに負けに負けてクラスの実行委員になったんだ。

責任感の強い子だったので、夏休み何回か呼び出されたんだ。
二人きりでは無かったけど、何度か会ったんだ。
勿論体育祭の話。
各クラス応援の出し物をするんだけど、アイディアが中々決まらず。
でもやるなら優勝したいよねって彼女の意気込みもありアイディアを捻りだした。

話し合いの末「ねぶた」をモチーフにした御輿&ブラジルの伝統ダンスを取り入れた
新感覚の応援演技だった。
ブラジルのダンスを取り入れたのはクラスに何人かブラジルの子がいたため。
ダンスを取り入れる事に大賛成してくれて、
熱心に振り付けをしてくれたんだ。

体育祭の準備はとても楽しかったんだ!
普段はバラバラだったクラスが一つになった、ダンスの振り付けで指導。
放課後は買い出し。
予算は1500円だった為スーパーに段ボールもらいに行ったり…二人で駆けずりまわった。

ねぶたをモチーフにした御輿は毎日放課後に二人で作成した。
下書きは咲(嫁)が担当し、骨組みやらは俺が作った。
かなり大がかりだったけど、毎日話ながら楽しく製作した。

色んな事を話した。
初めのうちは黙々と作業してたんだけど、
絵の具が無くなって一緒に買い出しに行ったりしてるうちに
少しずつ打ち解けたんだ。

内容は他愛のないもの、好きなテレビの話、友達の話、進路の話なんかだったかな。
そのうちクラスの数名が助っ人してくれたんだが、正直ありがた迷惑だった。
この時から少しずつ惹かれていったのかもしれない。

体育祭当日、他のクラスに極秘に作った
巨大ねぶた御輿&ラテン調の陽気なダンスの組み合わせで見事に優勝した。
咲は本当に喜んでいたよ。俺も始めは嫌々だったんだけど、
製作したり、振り付けの練習したりしてるうちにのめり込んでた。
感無量になったんだ。
お互い本当に喜んでハイタッチまで交わしてしまった(笑)

しかし。咲と関わる機会は大幅に減ったのが少し寂しかった。
この時普段見せない彼女の素の部分に惹かれてたのかもしれない。
色々話し合って、優勝出来るといいねって見せた
無邪気な笑顔が忘れられなくなってたんだ。

体育祭からしばらくして、父が亡くなった。

心筋梗塞だった。
朝まで元気だった、学校に連絡があり駆けつけた時には父は亡くなってたんだ。
しばらく休む事になった。母親も弟も茫然自失だったんだ。

受験の時期だったが、意気消沈してしまい引きこもりがちになってしまった。
1ヶ月近く休んでしまった。母のショックが大きかった。
酒に逃げて暴言を吐いたりしていた。

弟も俺も少しずつ鬱になっていった。

しばらく経って学校に行ったんだけど、何故か話せなくなっていた。
受験独特の雰囲気もあったし、一人になったんだ。
仲の良かった友達も心配してくれたんだけど、鬱ぎ込んでしまったんだ。

この時一人でボッーと過ごす事が多くなった。
家も学校もガラリと変わった感じ。
この時何をするにも上の空だったんだ。
ある日咲に呼び止められた。ノートを渡された。
内容は休んでいた間の授業ノートだった。
優等生らしく丁寧にまとめられていた。
私に出来る事ってこれくらいだから…体育祭のお礼も言いそびれたし。
私に力になれる事があったら言ってねとそのまま走り去っていった。

少しだけ、ホッとした。 父の死をキッカケに将来医者にいや、
医療従事者になりないと思うようになっていたんだ。
受験まではガムシャラに勉強した。
幸いにも県でも有数の進学校に合格する事ができた。
咲きには卒業前にノートのお礼に少し高めのシャーペンと文具セットをプレゼントとして渡した。
この時好きだったが、告白する勇気はなかったんだ。

高校は違ったので特に絡みはしなかった。
勉強を続けたものの学力は伸びず…医大は夢のまた夢だった。
再会したのは大学受験の時第一志望の大学のセンター試験の時…肩を叩かれた。
「あっ久しぶり!山田くんだよね?覚えてる!?」

「あっやっぱり山田くんだw覚えてる?中学の時同じクラスだった辻(仮名)だよ。」
久しぶりの再会だったが彼女はフレンドリーに接してくれた。
彼女はかばんからペンケースを取りだし、
「このシャーペン覚えてる?山田くんがくれたやつ。とても使いやすくて重宝させてもらってますw」
と少し古くなったシャーペンを見せてきた。

「変な話だけど、私に幸運をくれる魔法のペンみたいな(笑)」そう言って笑顔で話してくれた。
三年間大切に使ってくれていたようだ。
時間もあまり無かったから話はソコソコに…ただ連絡先は聞いたんだ。

受験中だったが、メールしてみた。
当時の自分の事や、彼女の事色々。
毎日って頻度じゃなかったけど連絡を取り合った。
ほどなくして彼女も俺も志望校に合格を果たした。
俺は中の上の私大。
彼女は国立大。
一度合格を祝いで中学時代仲の良かったメンバで集まろうと話があった。

仲の良かったメンバーとの合格祝い。
咲とはここから少しずつ話すようになり、親密になっていった。

この一年間は本当に楽しかった。大学生活も充実していた。友人も出来たし、
サークルにバイトに本当に楽しかったんだ。
咲とは大学は違えど近かった事もあり、たまに遊んだり、お茶したりしていたんだ。
話してみると気が合うし、気の強いところもあったけど一緒にいて一番落ち着いたんだ。
夏に入る前に思いきって告白してみた。

「私で良ければお願いします!」そう言ってニッコリ笑ってくれた。
恥ずかしそうにはにかむ彼女を愛しく感じたんだ。
そこからはずっと一緒だった。
毎日のように会ったり、バイト代を貯めて小旅行したり…一緒に過ごしたんだ。
初めての彼女だった事もあり、家族にも紹介したんだ。
母親や弟とも打ち解けよく遊びに来ていたんだ。
クリスマスイブにはうちで飾りつけしたりして家族と一緒にパーティーして、
楽しく時間は過ぎていったんだ。

そんな中進級を控えた頃に事件が起きた。
母親が過労で倒れたんだ。
昼は銀行のパート、夜はコンビニのバイトでかなり働いていたんだ。
過労から肝炎になりしばらく安静にしてくださいとの事…
親父が亡くなってから俺や弟の学費、
それ以外にも何不自由なく生活させてくれていたんだ。
そんな母の愛情は今だに忘れる事はありません。

しばらく絶対安静との事。見舞いに行った時母親は元気そうだった。
肝炎のせいか少し黄疸が出ている程度…
バイトもあったので長い時間は居れなかった。
この時母親と最後の会話になるとわかっていたなら、本当に後悔している。

「心配せんでよかよ、すぐに元気になるけんね。」
母と交わした最期の言葉だった。

その後バイトに向かった。バイト後多数の着信履歴があった。
弟からだったんだ、母親の容態が悪化した。
意識が無くなった…
茫然自失だった。
数時間前普通に会話していたし。
急いで病院に向かったが母親は集中治療室の中だった。
劇症肝炎を発症してしまい、
数日後意識を取り戻さないまま亡くなったんだ。

その後弟と俺は茫然自失の日々だった。
数日前まで元気な母親の姿はあった。
ただ体調は良くなかっただろう、
そんな事一つも見せないで俺達の為に働いてくれていた、
何も手につかず憔悴しきってしまったんだ

葬儀が終えた後に母が勤めていた銀行の上司が訪ねてきた。
俺と弟の名義で積み立てをしてくれていた。
その通帳を持ってきてくれた。
少額ずつ毎月俺達の為に貯金し続けてくれていた。
母親の亡くなる先月までずっと続いていました。
必要な時は何時でも声を掛けて下さいと上司は通帳を置いて帰った。

葬儀の時は涙一つ出なかったが、上司が帰った後涙が止まらなくなった。
俺と弟は本当に可愛がられていました。

この時俺は19歳で弟は17歳だった。弟は受験を控えていた年だった。
俺よりも断然賢く、将来が楽しみだったんだ。
弟自身もかなりショックは大きかった。
学校を休みがちになった。野球部だったんだがイップスを発症してしまい、
レギュラーから外され鬱ぎ込んでいった。
色々な事が大きくのし掛かっていったんだと思う。

この時俺は大学を辞めることを考えていた。
私大だった事もあり、頼れる親類筋も無かった為学費やその他諦めていた。
父と母が残してくれた家と幾ばくかの財産。

やりたい事も見つからず、流れるままに入った大学…
そんな事に残してくれた財産を使うのが忍びなかったのもある。
最初は奨学金も考えたが、弟の存在も大きかった。
アイツを大学卒業まで俺が支える…当時弟にはそれくらい期待していました。
そんな期待もまた弟を苦しめていたのかもしれません。

二回生になる前に退学して近場の工場に就職しました。
3Kの製造業で薄給でしたが、
幸いにも家のローンは完済しており弟と暮らしていくのには充分でした。

弟も少しずつ元気を取り戻していましたが、
母が亡くなる前ほど会話はありませんでした。

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母が亡くなって数ヶ月経った日の事でした。
不思議な体験をしました。
仕事中、急な腹痛に襲われ痛みで仕事も儘ならないので早退しました。

当日の朝まで全く予兆はなく、
家に保険証を取りに帰らねばならなかったので、
車を走らせて帰宅しました。

家に着くと誰もいない時間帯にも関わらず、風呂場からシャワーの音がしました。
弟かな?と思いふと覗くと手首を切り、気を失っていました。
大量の血と青ざめた弟。 とっさにタオルで止血して、病院に連れて行きました。
弟の意識が戻り「お兄ちゃんごめんね…」と弱々しい声で謝ってきました。
私もこの時必死になっていたのであまり記憶がありません…
お前までおらんくなったら、お兄ちゃんは一人になる。
学校、母親のタヒ、悩み色々あったんだと思います。
その事に気づいてあげれなかった自分が情けなくなり
涙が止まらなくなってしまいました

幸いな事に腱のお陰と発見が早かったので出血量は少なく大事には至りませんでした。
やはり心の傷も大きかったんではないかと思います。
ただあの時早退しなければ、弟は亡くなってたかもしれません。

お兄ちゃんを一人にせんで…弟の前で号泣してしまいました。
ごめんね…兄ちゃん。
こんな事は二度としないから。本当にごめんねお兄ちゃん。

弟の手首の傷は癒えましたが、俺も弟もお互い悩みも多かったです。
高校卒業後は就職すると言い張っていましたが、説得の末進学を決めてくれました。

一念発起し勉強に集中しはじめました。
本音は塾に通わせたり、講習に行かせたりしたかったですが、
学校以外のほとんどの時間自宅に籠り勉強を頑張っていました。
咲も勉強を教えてくれたり、自分の使っていた教材など持ってきてくれて
弟をサポートしてくれました。

この時、咲とは少し疎遠になりつつあった。
仕事で中々会えない日々が続きました。
一年前までは毎日のように会って、一緒にお茶したり、デートしたり。
二人で過ごした時間が懐かしく、そして切なく感じていました。
それでも咲は待っててくれました。
「辛いかもしれないし、大変なのはわかっているよ。
でも私に…私だけは本音は吐いて欲しいよ。」
そう言って励ましてくれました。
自分の感情を上手く表せない…でも咲に対する感謝と想いは
日々大きくなって行きました。

頑張りが実ったのか、弟は旧帝大に現役で合格することができた。
ただ離れた地方だった、どうしても家から通わせる事も出来ず、
父の旧友である、長谷(仮名)さんに相談した。
長谷さんは全国区の不動産関係を扱う職種でその地方で
どうにか安い家賃で借りれる賃貸を探してくれるように懇願した。
長谷さんは色々な物件を紹介してくれたんだ。

そして1つの提案をしてくれた。
「俺のうちから通えばいいよ!下宿と思って!大学からは遠くないし。
かみさんの飯は上手いぞ。健太(弟)に小遣いくらいはやるよ。」
長谷さんは父が亡くなった後も本当に良くしてくれました。
さすがに気も引ける、丁重に断りをしようと考えていたが、
弟の卒業と同時に引っ越しの手続きまで手配し、
弟を四年間面倒を見てくれました。

弟に毎月幾ばくの生活費を仕送りしてしました。
母親の残してくれた積立てで何とか入学金や授業料を払うことが出来ました。
弟も弟でバイトを始め、長谷家にお金を入れようとしていたのですが、
長谷さんは受け取らなかったようです。

弟が大学三年生の時。
勤めていた工場が廃業し無職になった。
バイトを掛け持ちして働いたが正職は中々見つからず、
自分の生活面も困窮しはじめた。数ヶ月仕送りも出来い状態だった。
母が僕に残してくれた積み立てを解約して長谷さんの宅を訪れました。
数ヶ月仕送りが出来なかった謝罪と授業料を預けに行きました。

数ヶ月滞納した事は大丈夫と言ってくれました。
残りの授業料を預け、弟は無事に大学を卒業する事が出来ました。

この時、咲は大学卒業後公認会計士の資格を取り、
大手企業に就職して俺を物心両面でサポートしてくれていました。
ただこの時フリーターの俺と、
大手企業に勤める咲…むねの奥に劣等感はありました、
ただ咲にその事は言えず、職探しやその日生きる事で精一杯でした。

話しは6年前に遡る。
弟が銀行に内定が決まり、咲が会計士試験の一次が通った時の話。
咲と2人で酒を飲んだ時の事。
劣等感が爆発してしまい…咲に愚痴ってしまった。
弟は旧帝大出身で大手銀行に内定が決まり、
国立大を出て咲は仕事に勤しみながら、会計士の道へと邁進していた。
フリーターでうだつの上がらない俺…
愚痴が酷くなり酔い潰れた。

結構絡んだんじゃないかな…自分がチッポケに感じてしまって。
自分を卑下しまくったよ。その時咲は一言だけ。
「やり直せばいいやん。愚痴るくらいなら…さ」
その一言だけだったけど、妙に重く心に響いた。

「やり直せばいいやん。全然遅くないよ。圭ちゃんは今まで頑張ったよ!」
その一言が今の俺を作ってくれた。
彼女には本当に感謝しています。

この時咲とは別れようと考えていた。
今のままじゃ彼女を守る事も養う事も出来ないことはわかっていた。
今まで俺について支えてくれた事は感謝していた。
ただ恩を返す事も出来ず、
このまま彼女を縛っているのが無性に腹立たしくなった。

弟が卒業し地元に戻ってきた。
その時に弟に家を譲り、自分の夢の為に家を出た。
咲には別れを告げて、誰も知り合いもない他県で再起を図った。
猛勉強と一浪の末…国立大の第二部(夜学)に合格し働きながら通う事になった。

この時24歳だった。
働きながら、勉強に励み何度も挫けそうになった。
自分の決めた道だったし、少しでも弟や咲に近づきたかった。
理解ある会社に就職し、夜学に通ったんだ。

自分の街を離れた。
咲は別れる時ずっと黙ってたけど、最後まで俺を応援してくれたんだ。

咲と別れてから2年が経った、ふと思い出す事もあったけど、幸せになって欲しいと思いだった。
そんな中弟の結婚が決まった。長谷さんの長女美香さんとの結婚だった。
美香さんは弟の支えになってくれていた。
美人で気立ての良いお嬢さんだったよ。
弟の晴れ姿を見るために一度だけ自分の住んでいた街に戻った。

弟の結婚の挨拶、そしてお世話になった長谷さんに会いにいった。
相変わらず優しかった。 「健太になら、可愛い娘やっても惜しくなかよ。
アイツはずっと努力しよった。文句一つ言わずに卒業したと。」
長谷さんは俺の事も労ってくれた。
そして前に授業代として渡したお金を俺にくれた。
「アイツはお前に申し訳ないと思っとる。
最後の授業料も自分でバイトで貯めた金で行きよった。
兄ちゃんにばっかり苦労かけれんって言ってね」
俺は弟の優しさに泣いてしまった…
弟は俺には何も言わなかった。ただ感謝してくれていた。

この時咲の事も気にかかっていたよ。
会いたい気持ちもいっぱいだった。
結婚式が終わってすぐに自分の住む街に戻った。
授業は毎日あり、仕事も休む訳にはいかなかった。
忙しく、目まぐるしく毎日が進んで行った。
そんなある日の夜…

来客があった。
友人もおらず誰かなと思い応対すると…
咲だった。
「久しぶり!上がっていい?」その一言だけいい上がってきた。

「健ちゃんに聞いたんだけどさ…頑張ってるみたいやん!でもさ私の気持ちは無視なん?」
俺はゴモってしまった… 「私も今まで支えたんだよ?
これからは一緒に支えあって行こうよ。
嫌なら帰るけどちゃんと気持ち聞きたいよ。」

「俺はお前の事好きだ…けど」
「けど…?何他に好きな人でも出来た?」
「お前の事幸せに出来ないかもしれないし、苦労ばっかりかけると思う…」

「苦労してもいいやん。ついて来いって言ってくれれば私はちゃんとついてくるよ。」
少し沈黙の後…
「圭の気持ち聞きたいよ。」一言だけポツリと咲が呟いた。

「黙っててゴメン。俺はお前と一緒にいたい。
生活も苦しいし、苦労かけるでも一生涯一緒にいたいよ。」

咲に自分の素直な気持ちを伝えたよ。
お互い泣き出してしまった。泣きながら一夜を過ごした。
しばらくして咲は引っ越してきた。
今の県で仕事を見つけて慎ましいながら同棲が始まったんだ。

しばらくして咲の両親に挨拶に行った。
まだ俺は学生だったし、所得も少なかった。
勿論咲の両親には反対されました。特に義母さんからは…。
お義父さんは咲の選んだ人だからと言って許してくれました。
今から7年前の1月23日に籍を入れました。

当時お互いお金が無くて、
式も挙げられなかったけど2人で過ごした時間は楽しかったよ。
俺も何とか支えられながら大学を卒業しました、
二年後には税理士の資格をとる事が出来ました。
彼女の叱咤のお陰だと実感しています。

少しずつ生活も軌道に乗り、
忙しさにかまけてスレ違いの日もありました。
今嫁は妊娠6ヶ月目です。自然妊娠は難しいと言われてましたが、授かりました。
目立ってきたお腹も、ハニカム笑顔も愛しく感じます。
今まで支えてくれた。大切な家族です。

昨日は結婚記念日でした。
毎年この日だけは嫁と2人で過ごしている。
晩酌中に嫁にありがとうって言ってみた。
「どうしたの?急に?」って笑いながらキョトンとしてた。
「ねぇ今幸せ?」って聞かれました。
恥ずかしくなって笑ながらお茶を濁してしまいましが、今本当に幸せです。
咲ありがとう。
俺はキミがいなきゃ、ここまでたどり着けなかったし、
苦しい時代を共に歩んでくれた事を本当に感謝してます。

人生山あり谷ありですが、辛い日々がタヒぬまで続くと限りません。
この幸せを手放さないように精一杯努力します。
皆さんお元気で(*^^*)

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