見覚えのないスポーツカーが庭に入って来て、
運転席から自分の父親がおりてきた。
母は私が中学生の時に事故で亡くなった。
それからは父と兄と私の3人で暮らしてきた。
父は元来真面目な人だったが、
母が亡くなってからはよりいっそう仕事に打ち込んでいた。
父のおかげで私も兄も無事に大学を卒業して社会人になった。
先日父が定年退職し、豪華な夕ご飯でも作ってあげようと実家に帰った。
兄と2人で父の帰りを待っていると、庭に突然スポーツカーが入ってきた。
お客さんか?と思ったら、兄が「このへんにあんな車乗ってる人いない。」と。
(かなりの田舎なので近所の家の車もわかってしまう。。)
車からは、父がおりてきた。ものすごくびっくりした。
私や兄に一切相談せずに一括で買ってきたらしい。
一言くらい言ってから買ってくれよ〜と兄が言うと、父はごめんな、と笑っていた。
驚きはしたものの、老後の趣味にスポーツカーなんてすげーなー、
なんて夕ご飯は盛り上がった。
(ロードスターという車らしい。私はまったく詳しくないので
よくわからないが、父なりにとてもロマンを感じる車だそうだ)
次の日、助手席に乗りたいと父に言って、2人でドライブした。
海沿いの道を走っていると、父が言った。
「母さんな、欲しいものとかしたいこととかほとんど言わない人だったの。
でもな、一度だけ、
『スポーツカーの助手席に乗ってみたいなあ』
ってぽつりと言ってたんだよ。結婚する前でお金も全然ない頃な。
もうレンタカーだっていいから乗せてやればよかったなぁ、こんなに遅くなってしまった。」
そして少し泣いていた。
私が、「だーいじょうぶだよ。お母さん見てると思うよ。」と言うと、
「今の言い方母さんにすごく似てるな」と笑われた。
もうすぐお母さんの命日。