お婆さんの間違い電話に付き合い続けた

今度の土曜に婆さんの家に行くので今まであった事を書く

一番最初に婆さんから間違い電話がかかってきたのは
2年程前だった

携帯がなったんだけど
かけてくる相手なんてかぎられてたから
番号を気にしないで出たら

「○○の佐藤(仮名)です。
これからお伺いしますのでお願いしますね」
と一言言われてそのまま電話を切られてしまったんで
間違いを指摘出来なかった

かけ直して説明すんのも面倒だったんで
その時は放置してしまった

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次にその婆さんから間違い電話がかかってきたのは
一ヵ月後くらいだったか

「○○の佐藤です」と言われたんであの時の人だと思い
「すみません、おかけ間違いですよ」とだけ言ってみた
「あらー、それは失礼しました。ごめんなさいねー」と
恥ずかしそうに笑って婆さんは電話を切ったんだが
どうやら知人の番号と似ているらしく
それからもたまに間違いをかけてくる事があった

俺は元々婆ちゃん子だったから
その婆さんの間違い電話は大して気にもならなかったし
指摘する度に
「今日は知人とお芝居に行くので
連絡しようと思ったら間違えちゃって」と
予定を話してくれるので
「そうか、今日はこういう事をするのか」って
見ず知らずの他人の予定を知って
楽しかったってのもあった

しばらくして婆さんからの間違い電話が
全然かかってこなくなって淋しくもあったけど
間違えない様な方法を見つけられたんだなと思うと
嬉しくもあった

ただ、何となく思い出として婆さんの番号は
携帯に「佐藤のお婆ちゃん」と登録しておいた

それから1年くらい婆さんとは話してなかったんだが
ある日婆さんの番号で電話がかかってきた
「もしもしー、間違い電話ですよー」
と明るく出てみたんだが
「タカシ(仮名)さんですか?○○の梅子(仮名)です」と
婆さんはいつもと違う話し方をして驚いた

自分はタカシでも何でもないし、
婆さんが苗字じゃなく名前を言うのも初めてだったので
間違い電話にしてもおかしくないか?と
疑問に思ってしまってしばらく黙ってしまった

そしたら婆さんは
「今日は庭の梅の花が綺麗に咲いた」
とか世間話を始めてきた
「あの、お婆さん?間違い電話ですよ?」と返してみたが
「何をおっしゃるのウフフ」と言った感じで
婆さんは完全にタカシさんと
電話で話してると決めてかかっていた

これはどうしようかと悩んでいたら
婆さんの後ろの方から女性の声で
「ちょっとお婆ちゃん!誰と話してるの!」と
大声がきこえてきたかと思うと電話を切られてしまい
何があったのかさっぱりわからずに
その日は一日悶々としてしまった

気にはなるけどこっちからかけるのもおかしいしと
悶々としながら3日程経ったら婆さんから着信
「タカシさん?○○の梅子です」と前回と同じ話し方だった

また一方的に話を進めようとしたので思い切って
「お婆ちゃん落ち着いて聞いてください」
と釘を刺してから自分はタカシじゃない事、
以前ちょくちょく
間違いでかけてきた番号だという事を説明した

そしたら婆さん、しばらく黙っていたかと思うと
「竹子(仮名)さーん!
ちょっと電話に出てちょうだーい!」と
誰かに向かって叫ぶ
「ちょっと!お婆ちゃん!」と
背後で聞こえた声は前回電話を叩き切った人の声だった

その人は不安そうに「もしもし」と電話を変わるが、
こっちも状況がつかめていなかったので
「あの、その、もしもし」と
テラ不審者状態で返すのが精一杯だった

余りにも不審がる竹子さんに今迄あった事を説明すると
「へ?」と裏返った声で聞き返される。
そりゃそうだ

それから竹子さんはどう答えていいかわからずに
悩んでいたといった感じだったが
「かなり昔からご迷惑をおかけしてたんですね」と
近況を説明してくれた

どうやら最初の間違い電話がかかってきた頃は
軽い認知症の症候があったらしく
リハビリも兼ねてよく出かけていた
ところがここ1年くらいは
本格的にボケてしまっているので
男性は全てタカシさんと思ってしまっている

タカシさんは婆さんの旦那さんで
とうの昔に亡くなっているが
本人はボケているので死んだ認識がない
「でも、電話帳すら開いていないのに
貴方の番号を覚えているのかしら?」と聞かれたが
そんなのこっちに聞かれたって
「さあ?」としか答えられない

それからも何度も婆さんから電話があり、
その度に竹子さんに謝られるという状態が続いた

そんなある日
いつもの様に電話がかかってきたので出てみると
婆さんではなく竹子さんからだった

「こんなお願いをするのは
図々しいとわかってはいるんだけど」と
お茶を濁す竹子さんに話をきくと
婆さんが間違い電話をかけた日は調子がいいのか
一日中穏やかにすごすので
もし時間の都合が合った上で嫌でなければ
電話に付き合ってやってはもらえないだろうか
との事だった

当時自分は会社を辞めたばかりで
時間は有り余っていたし
正直話し相手が欲しかったという気持ちもあった

それが果たして
婆さんの為になるかどうかはわからなかったけど
誰かの役にたてるんだったいいかなと思ったし
「わかりました、タカシさんになりますね」と
竹子さんのお願いを聞き入れて
婆さんの話し相手になる事にした

それからは竹子さんから色々と情報を仕入れて
○○は地名である事、
タカシさんは元銀行員で
退職後は二人でよく観劇などに行っていた事
他にも家族構成だの色々と
婆さんに関する事を教えてもらって
出来るだけタカシさんを演じようと思った

ただ、認知症はそんなに甘くなかった
それまでタカシさんとの愛を語り合っていたかと思うと
突然「貴方は誰!」と素に返ったのか
電話を切られる事もあったし
前の日に観劇の思い出を語っていたので
翌日も話の続きをしようとしたら
「タカシさんは入社したばかりなのに
そんな遊ぶ時間なんてないでしょう?」と
記憶の時間がずれていたり

ヘタに話を広げようとするとかえってボロが出るから
聞き役に徹するのが一番だとわかったのは
タカシさんごっこを始めてから
3ヶ月経ってからの事だった

でも、どれだけ時間軸がずれていても
変わらなかったのがタカシさんは短歌好きだった事

サークルか何かでタカシさんが婆さんに
短歌を贈ったのがきっかけで交際が始まったとかで
「あの歌は~」とか婆さんに言われても
答えられないのが悔しくて勉強した事もあった

ある日婆さんに
「タカシさんが今私に歌を贈ってくださるとしたら
どんな歌かしら?」と聞かれ
「梅一輪一輪ほどのあたたかさ、ですかね」と答えたら
「いやですわ、それは竹子が産まれた時に
贈ってくださったじゃないですか」と笑って言い返されて
滅茶苦茶恥ずかしかった反面、
それだけ記憶がしっかりしてるなら
認知症治ってほしいと思ってしまった

認知症の中で婆さんが素に戻った状態で
対話したのが二度程あった

それ迄タカシさんと話していた筈だったのに
しばらく無言が続いたら
「失礼だけど、どちら様ですかね?」と聞かれたので
「タカシですよ」と返したら「違う」と

でも、そこで何が起こっているのか
説明するのも面倒だったし野暮だったというのもあって
「私の名前もタカシというんですよ。
梅子さんの旦那さんと同じ名前ですから
親しくさせていただけたんです」
と大ぼらを吹いてその場を流してしまった

結果的に「あらまあ、そうだったんですかー」
と世間話が続き、
やがて普段の認知症の状態に戻ってしまったが
今でもあの時の大ぼらは
判断として間違っていなかったかどうか
疑問に思う事がある

一番厄介だったのは
タカシさんが浮気をした事があったらしく
その浮気相手に電話をかけていると思い込まれた時だった

泣きながら罵倒されて、
自分達の生い立ちを涙ながらに語り、
また罵倒を繰り返すといった具合だった
この時ばかりは流石に頭にきて
「何でこんな目にあってまで
付き合わなきゃなんねーんだ?」と電話を切りたかった

でも、ここで電話を切って心の糸がぷつりと切れて…
なんて思うと電話を切るに切れず
付き合った以上は
最後まで責任を持たないといけないと
自分に言い聞かせて罵倒されまくった

後々竹子さんに平謝りされて、
その時はつい文句を言ってしまったが
病気そのものの完治こそ無理でも、
最近は徘徊もなくなっているし
顔つきが大分おだやかになっている
貴方が電話に付き合ってくれているお陰で
お婆ちゃんは
人として生活出来ていると聞かされた時には
ああ、自分は誰かの役に立てているんだなと
無駄な誇りをもってしまった

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ある時、ふと婆さんに電話ではなく
葉書を送りたくなったので竹子さんに住所を聞いた

というのも、婆さんはたまに
家の何処にもタカシさんがいない事を
不安に思う事があるらしく
だったら、銀行員の出向で出かけてる、
あるいはちょっと一人旅に出ているという形で
「タカシさんから葉書がきたとなれば、
梅子さんも喜ぶんじゃないかと思って」と言い
竹子さんが送ってきてくれた
タカシさんのメモ帳の字体を必死に真似て
短歌を書いた葉書を婆さんに送った

これが大きな間違いだった

葉書を受け取った婆さんは
その時だけ素だったのかパニックを起こし
過呼吸で倒れてしまったそうだ

竹子さんの旦那さんには散々怒鳴られ
「もう余計な事をすんな!」と電話を叩き切られてしまい
タカシさんごっこもそろそろ潮時なのかなと感じた

でも、婆さんから電話がかかってきて
ニコニコと外の様子だとか
好きなお菓子の話題を聞かされる度に
「後5回、いや後3回は付き合ってもいいよな」と
ずるずるタカシさんごっこを続けてしまった

去年の暮れあたりから
婆さんの電話の回数が減り始めた
竹子さんに話を聞くと、
軽い風邪を引いてから
横になる回数が増えているとの事だった

心配になって婆さんに直接聞きたかったが
婆さんは電話では元気な素振りを見せるだけなので
電話を切る時に
「お体を大字にね」というのが精一杯だった

ただ、一度婆さんが
「最近熱っぽいんですよ。もしかしてオメデタかしら?」と
とぼけた事を口にした時は
「馬鹿な事を言ってないで横になりなさい!」と
本気で怒ってしまった

電話を切った後、認知症の病人に怒鳴るなんて
やっちゃいけなかったな…と後悔したが
竹子さんにしばらくしてから教えてもらった話では、
家政婦さんだと思った竹子さんに向かって
「タカシさんに怒られてしまったの…
謝ったら許してもらえるかしら」と
しょげて大人しく布団に入ったそうで

不謹慎だとは思うが
婆さんが可愛らしいと思えてしまった

タカシさんごっこを続けてる内に
婆さんに恋してるんじゃないかと思う事はあった
婆さんからの電話が待ち遠しかったし、
自分には関係ない話でも聞けて嬉しかった
たまにこの世からいないタカシさんに
やきもちに近いものを感じた事もあった

でも、流石に78歳の婆さんに
恋心を抱くというのはどうかしてると思ってしまったし
有り得ないと決めてかかった
ただ、もし自分が将来嫁にするんだったら
やっぱり梅子さんみたいな人がいいよなーと
ふと思ってしまうあたり
恋愛感情とかはおいておいても
かなり婆さんに毒されてるのは事実かもしれない

婆さんが横になる回数が増えると当然電話の数も減った
心配の余り婆さんの見舞いに行きたいと思ってしまったが
自分はタカシさんであって
「タカシさんじゃない誰か」は
婆さんにはいらない存在だと思って我慢していた

3月に入って一月ぶりに婆さんから電話があった時は
泣きそうになる程嬉しかった
ただ、その時は素の婆さんだった(これが二度目の素)

軽く咳き込みながら申し訳なさそうに
「いつも無駄話に付き合ってくださっているんでしょう?」
と聞かれた時は本心で「そんな事ありません!」と
つい大声で言ってしまった

それまで聞かされたタカシさんとのエピソードや
庭の状況とか凄く楽しみにしているんだと話をすると
「いやだわ、恥ずかしい」と照れていた婆さんが
最初の間違い電話の頃の婆さんと一緒で
竹子さん達家族もそうだけど、
何で婆さんがこんな苦しい思いをしなきゃならないんだと
その時は本気で神を恨んでしまった

タカシさんごっこは
自分の中でも大きく影響していった

婆さんに恥ずかしくない様に
何でもいいから仕事をしようと
深夜の警備のバイトを始めた
婆さんはタカシさんと話しているから
こっちの近況なんて教えられなかったが
それでも毎日頑張っているんだよという
気持ちになれただけでもまだましだった

朝方帰宅して軽く朝食を摂った後仮眠
→途中起きて着信の確認
→再び仮眠
→仕事といったローテーションを作り
婆さんからの電話には必ず起きれる様に心がけていた

竹子さんにある時
仕事の事を聞かれたので素直に話をすると
「こんな事を言うのは申し訳ないとは思うんだけど、
お婆ちゃんの間違い電話は何かの縁かしらね」
と言われた時は、
本当に起こるべくして起こった事なのかもなと思えた

6月に入ってから
婆さんの電話がぱたっと止んでしまった
それまでも数週間電話がない事があったので
最初は気にしていなかったが
7月に入ってからも
婆さんからの電話が全くならないので
気になって竹子さんに電話をかけた

ちょうど竹子さんも電話をしようと思っていたらしく
タイミングがよかったと言われた
どうやら婆さんは6月に肺炎にかかって以来
起きる事の方が少なくなってしまったらしい
そのせいで世話やら何やらに追われて
連絡できなかったと謝られてしまった

竹子さんとしても
婆さんに元気になってほしいから
電話をかけさせようかと思う反面
具合悪い人間に電話をかけさせるのも、
他人がかけさせる様にしむけるのも
おかしな話だと思ってしまったと

「ただ、お婆ちゃんもうトシでしょ?
正直覚悟しなきゃいけないと思うとねぇ」
と竹子さんに言われた時は
どうしていいのかさっぱりわからなかった

竹子さんとそんなやり取りをした4日後に
婆さんから電話があった
軽く咳き込んではいたが
いつもと変わらない口調にほっとして
思わず泣いてしまった

「まぁ、タカシさんったらお仕事がそんなに大変なの?」と
婆さんが聞いてくるのでついタカシさんになりきって
「お前に会えないのが一番辛いんだ」と口走ってしまった

所が婆さんは淋しそうに笑ったかと思うと
「『梅が香にのっと日の出る山路かな』と
おっしゃったのは貴方じゃないですか」

婆さんも昔タカシさんに会えない余り大泣きしてしまって、
困ったタカシさんが歌ったらしい
梅の香りに誘われて
太陽がひょっこり顔を出すのと同じ様に
私も梅子さんの笑顔にひょっこりと顔を出すんですよ
と短歌で婆さんをなぐさめたんだそうだ

「タカシさんが元気になれる様に私も笑ってますからね」と
婆さんは病気を隠して必死に明るくつとめていた
婆さんがそうやって気丈に振舞おうとするなら
こっちもそれにならわないといけないと思い
それから電話を切るまで泣かないでいようと頑張って、
電話を切った後我慢の限界で泣いてしまった

さんからの電話がなくても
彼女は頑張っているんだから
自分も頑張ろうと仕事に打ち込んだ

8月に入って婆さんから電話はなかったが
まずは自分の生活を一生懸命やっていく事が
タカシさんになってる俺が
婆さんに誇れる事なんだと自分に言い聞かせていた

で、昨日の事なんだが竹子さんから電話があって
婆さんが先月末に亡くなった事を聞かされた
あの電話から数日後に婆さんは肺炎を再発し、
結果的にそれが原因で帰らぬ人となってしまったらしい

初七日と49日の繰上げ法要を済ませ、
ようやく落ち着いたので連絡をしてきたとの事だった
竹子さんには涙ながらに感謝され、
途中で替わった竹子さんの旦那さんにも
怒鳴った時の事を謝られた

長い事迷惑をかけてしまった事へのお詫びとお礼に、
大した額ではないが払いたいと言われたのでそれは断り
その代わりに婆さんに線香を上げさせて欲しいと頼み込んだ

急ではあったし竹子さん達には迷惑な話だったとは思うが、
それでも快諾してもらえたので
今度の土曜日に初めて婆さんに会いに行く事にした

自分が取った行動が正しかったのか
間違っていたのか正直わからない

正直最初は軽はずみな行動だったんじゃないかと
今頃になって考える事もある

自分は電話で話を聞くだけだったから
出来たんだろうなと

もし、これが自分の家族であったり
あるいは婆さんと一緒に生活とかって話だったら
絶対に出来なかったと思う

土曜日に婆さんに会う時に
持って行こうと思って短歌を書いてみた

「人違い 心を繋ぐ 電話かな」って、
タカシさんじゃなくて
ちゃんと自分から婆さんに贈りたかった
多分、歌に詳しい婆さんには笑われるかもしれないけど

ずっと誰かに聞いてほしかった話だったので
支援してくれた人有難う

似せ通話 あの人想う ときこえて 梅の香も 君ありてこそ

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