20代からアルツの祖母を介護していた母がガンになった

祖母が50代でアルツ発症した。
当時母は20代、私は2つか3つくらいだった。

物心ついた時から
母は祖母(母にしたら姑)の介護をしてた。
父は介護は一切手伝わなかった。
私は祖母が寝たきりになってから
お手伝いするようになった。

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徘徊してた頃は危ないからって
祖母には母が近づけさせなかった。
母はその頃
祖母に付きっきりで、
今思うと感謝しかないんだけど当時は寂しかった。

せめて父がいてくれたら違ったんだろうが、
父はお酒の匂いプンプンで毎晩
零時くらいに帰ってきて
家でごはんもほとんど食べなかったから
他所の人みたいだった。

私が高3の時、母が癌になった。
当時母40代。
明らかに具合が悪そうだったから
病院行け行け言ったんだけど、
介護があってなかなか出られなかった。
でも幸いステージ2だった。

帰宅して「母が入院する」と聞くなり
父は「逃げる気か!!」と怒鳴った。

あんなに人間に対して幻滅したことはない。
それまでも期待してたわけじゃなかったけど
祖母はあんたの母親だろうよ、とさすがに思った。

母は長年の介護でエネmeっていうより
無気力人間になっていたから
叔母(母の妹)に電話して
「助けて下さい」って泣きついた。
近所のおばさん(町内のボスママっぽい人)
にも泣きついた。

もうなりふりかまっていられなかった。
誰でもいいから恥を捨ててすがらないと
本当に母がしぬ!と思った。
その後、叔母の助けを借りて、
父がいない間に荷物まとめて逃走。
叔母家と同じ市内にある県立病院に入院した。

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祖母を置いていくのは気が引けたけど、
天秤にかけたら申しわけないけど
母の方が大事だった。
それに祖母は母と違って
手術しないとしぬ容態ではなかったし。

父は
「離婚する!介護放棄で慰謝料をもらう!
娘の進学費用も出さん!」と激怒。
でも「癌の手術で入院」が
介護放棄にあたるはずもなく
父の言い分は認められなかった。

町内のボスママさんが
ある事ある事広めてくれたせいで、
父は肩身がせまくなり祖母の介護を条件に
私は高校卒業まで家にいられることになった。

その間もボスママ他
町内のママさん達にいろいろ助けてもらえ
父が酔って私を怒鳴ったり、
祖母の症状がひどい時は
駆けつけて助けてくれたりした。

母は手術後、
2ヶ月ほど叔母の家にいて、
その後空き家だった母の実家へ。
私も高校卒業後、母を追って母実家に入った。
母の地元だけあって母の親類が多く、
父が急襲した時は皆で追い返してくれた。

その後1年かけて両親は離婚成立。
私は2年遅れで進学し、現在大学生。
母はその後もう一度手術したけど、元気でいる。
もともと女の子のアイドルグループが好きな母は
(小学生の時におニャン子クラブの
ファンになったのがきっかけらしい)
今は℃-uteというアイドルを幸せそうに応援してる。

先日母が
「モーニング娘。の全盛期を見のがしたのが
本当に悔やまれる」と
癌になったことより悔しそうに言っていたのを聞いて、
思わず笑ってしまった。

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