何となくこっぱずかしいので
面と向かって人には話したことがないが、
私は以前、痴漢を捕まえたことがある。
営団半蔵門線(当時)の渋谷駅ホームを歩いていると
「痴漢!」という声が聞こえた。
声のした方を振り返ると、
巨人の原監督似の男が両腕を掴まれて、
列車から引きずり下ろされるところだった。
ああ、痴漢か、と思っていると、
男が腕を振りきって逃走。
私は足に自身があるわけではなかったが、
その場の雰囲気に飲まれて男を追いかけてしまった。
ホームの端近くまで追いかけたところで、
痴漢は思いがけぬ行動に出た。
線路に飛び込んだのだ。
しかも「電車が来ます」のランプが灯っており、
ホームの先には、もうヘッドライトの明かりが見えている。
ちょっと待ってくれ、俺のせいで人身事故かよ!
と心の中で毒づいたが、頭をよぎったのは
教習所で習った踏切で脱輪したときの
列車の緊急停止の方法。
確か教官は、発炎筒も何もないときには、
何でもいいから列車に向けて
青色以外の物を振り回せ、と言っていた。
私は着ていたスーツの上着をぬいで、
列車に向けて振り回した。
急ブレーキと警笛が トンネルに反響する。
(物凄い音だった)
やがて列車は減速し、
痴漢と私のほんの3メートルぐらい手前で停止した。
しかし、まだ問題が解決したわけではない。
まだ、全ての元凶がホームの下にいる。
さて、どうしたものか。
痴漢は何が起きたのかわからない様子で、
線路からホームを見上げていたが、私が手を伸ばすと、
意外にも私の手を掴んできた。
ははん。こいつ、私のことを
追っ手だと思っていないわけだ。
私は、痴漢をホームに引っ張り上げると、
痴漢が体勢を立て直す前に、柔道技をかけてやった。
(正直、中学生の頃の体育の授業が、
こんなところで役に立つとは思わなかった)
程なく駅員が駆けつけ、痴漢は御用となった。
事件の後、警察へ行って名前や住所を控えられましたが、
表彰などは何もなかったです。
「痴漢を捕まえて表彰」という話は、
たまに新聞やニュースで取り上げられますが、
よくよく考えれば、
痴漢事件など毎日数限りなく起きているわけで、
よほどのことがない限りは表彰などないのでしょう。
ただ、表彰はありませんでしたが、小遣いは貰えました。
この件のせいで遅れると会社に電話を入れたところ、
直行の出張という扱いになり、出張旅費が出たのです。
昼食がちょっと豪華になりましたね。