自衛隊の区隊長の奥様が元、 自分の小学校の教師であったことを知った

衝撃的な出来事と言えば、7月に後期教育隊への異動があり、
前期教育隊の送り出し行事にやって来ていた区隊長の奥様が元、
自分の小学校の教師であったことを知った。

私の小学校は学級崩壊レベルで荒れており、
児童に暴行されて負傷、入院した副担任の代わりにやって来
た30代後半くらいの女の先生がいた。
クソみたいな事なかれ主義の担任、
いじめをもみ消そうとする学校側と違い、
よく集団で殴られていた私は面倒を見てもらったし
お世話になった。

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しかし、小学校5年の春、先生は自律神経失調症でやめてしまった。
私は私立の中・高一貫校へ進学し、
リンチ死の危機から逃れることが出来てたため高校に備え、
体を鍛えた。
何事もなくミリオタの友人に影響されつつも
高校を卒業し、一般曹候補生として自衛隊に入隊。
住み慣れた町を離れ、四国の駐屯地へと行き、前期教育を受けた。

最終日、修了式が終わって体育館から出た私たちは、
各部隊が用意する車両に乗って異動するのだが
それまでに別れの時間がある。
両親や弟との歓談もそこそこに、
班長や教育大隊の基幹要員にあいさつ回りをすることにした。
最後に区隊長の元へといった時に、
どこかで見たことあるような女性が近くにいて、
聞けば奥様だという。
制帽を取って会釈した時に、
その女性に名前を呼ばれて驚いた。

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「久しぶり、大きくなったねえ、小学校の時以来やね!」

区隊長も知り合いか?と奥様の方を見て、
私も「四国に小学校の頃を知る知り合いなんていたかな?」と考える
すると、奥様は「実家に帰る前に赴任していた小学校の教え子」
と説明してくださり、ようやく小5の春に辞めた先生であることに気が付いた。

軽く聞いた話によると、退職後に実家に帰って
店の手伝いをしていて区隊長と出会い、
結婚された今は専業主婦になっているそうだ。
「夫婦そろって人に教えることは好きだけど、
学校の教師として戻るのは怖くて出来なかった」
という事を聞き、よく先生に泣きついていた私は
申し訳ない思いであった。

区隊長に「徒手格闘は不器用やけど、射撃はうまい」
と言われ、「強くなったねえ、安心した」と言ってもらい、
私は泣いた。
「まだ早い、送り出しまで取っとけ」と笑われたけど、
涙が止まらなくなって涙目で異動のトラックに
乗ることになってしまった。

この季節になると、皆のオヤジさんで優しかった
区隊長と厳しくも楽しかった前期教育隊を思い出す。
あと、学校を去っていった先生のその後を知り、
ひどい思い出しかない小学校時代を振り返ることが出来た。

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