「娘さん下さい!」って言いに行くww

俺さ、今日の夜にさ、彼女の母親に「娘さん下さい」って言いに行くんだw
ようやく・・ようやくなんだ。
んで今さガチでさ緊張してるんよ
だからさ、ちょっとこれまでの事を書いていきたいとおもうんだ。
聞いてくれよ、な?w

俺は今年28になるおっさん。
大学卒業して就職した先をすぐに辞めてプーになり
しばらくしてようやく見つけた仕事先で
安定してきたので春先に彼女にプロポーズをした。

彼女は21になる普通の女性(仮名:ユウ)
特段綺麗だとか、可愛いとか、スタイルがいいだとか、
性格がいいとかじゃないんだけど。でも一つだけ、
一般の人とは違う。彼女は高度の難聴者。
人の声はほとんど聞こえません。

出会ったのは随分前の話。
だから話が曖昧になるかもしれないけれど
そこは・・すまん。

俺は大学に入学してからは福島から上京して一人暮らしするようになった。
仕送りも少しもらってたんだけどなんだかんだで
金はそれ以上に必要になる。
親の負担を少しでも軽くしようって孝行心もあった。
そこでバイト。近くの個別指導塾の講師。
正直面倒だったんだけど金のためだと週3くらいのペースで入っていた。
塾講師やったことある人は結構いると思うんだが、
最初は研修みたいな形で先輩講師と一緒に授業をしてた。
そこは1対2の塾で小学生から中学生まで教えていた。
んでバイト初日。
欠席が出てマンツーマンの授業。マジで後悔した。
『普通』の生徒の授業をするもんだと思っていたからな。
教室長に「今日見る生徒・・難聴者の生徒さんでね。
一応言葉は話せるけど声は聞こえないからなるべく筆談でお願い」
って言われた。
なんだそれwって思いながらも生徒の下へ。
机の上にテキストと筆箱を出してボーっと前も見ながら座る女の子。
それがユウとの出会いでした。

近づいたけどなんか俺には気づいてない。
「初めましてw」
ついつい耳が聞こえないのを忘れて
そんなことを言ってしまったw
声にではなく存在に気づいたようで軽く会釈をしてきた。
見た目からは全く判断できない。

白のカチューシャをしたその子は円らな瞳を俺に向けたんね。
ホント見た目は普通の女の子。
白のワンピースを着ていたのを今でも覚えている。
それと一番の印象は綺麗な髪だった。
肩まで伸びた黒髪。今も昔も髪型は変わらない。
ストレートの黒髪。
その髪の毛の間から覗く補聴器。
ああ、そういえばこの子は耳が聞こえないんだった。
そんで、無神経にもほどがあったんだが俺は自分の耳を指して
「聞こえないんだっけ?」なんて言ってた。
それも彼女には聞こえないのになw
そしたらユウは「はい」って言った。
たぶん動作で分かったんだろう。
意外にもはっきりとした口調だったことには驚いたね。
俺は少しドギマギしながら彼女の隣に着いた。
それと同時にユウはノートとテキストを開いた。
「ここからここまてがしゅくたいてす」
ん?
「しゅくたいてす」
あー、宿題ね。
やっぱなんか発音がおかしい。
これが難聴者なのかと。
今でこそ『難聴』について詳しくなったものの、
この時はマジで焦ったw
幼稚園生、いやそれ以下が話すような喋り方を時たまするからね。
それに声がちょっと大きい。

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難聴者にも色々ある。
一般的に生まれつき耳が聞こえない人、
音声言語(喋り方みたいなもん)を
取得する前に耳が聞こえなくなった人を『ろう者』、
取得後に耳が聞こえなくなった人を『難聴者』、
『中途失聴者』なんて言う。
そしてユウは『高度』の難聴者として障害者手帳も持っている。

高度ってのは70デシベル~90デシベル以下が聞こえない
難聴者だ。彼女の耳には怒鳴り声さえも届かない。
耳元で大声(結構本気)を出してようやく聞こえるそうだ。
100デシベル以上でも聞こえない人は
『ろう者』と認定されるんだけどね。
具体的に言うと飛行機の音とか地下鉄とかだな。

んでユウは5歳のときに頭部の打撃と強度のストレスが理由で失聴した。
ようするに音声言語の獲得している最中に耳が聞こえなくなった。
そのせいで『発話障害』も持つようになる。
ユウの発話障害は『聴覚性構音障害』と呼ばれるもの。
舌足らずの人いるだろ?サ行が弱いとか、
濁音、半濁音が弱い人って。簡単に言えばそれ。
彼女は『ダ行』が特に弱い。完全に点を抜かしてしまう。
それと言葉を短く言う(単語によりけりだけどね)、学校を『がっこ』、
先生を『せんせ』って言うような具合。
中学校からろう学校に通い始めたから訓練はしたようで
この頃と比べたら今の発音、発声は格段に良くなった。
ダ行はどうしても弱いが短く言う癖は減った。

すまん・・話が逸れた。
宿題が解かれているノートを覗いたら
他の講師の文字が書かれていた。
赤で書かれた講師の言葉に彼女はこれまたペンで答えている。
いやー、こんなんで授業が成り立つのかよと思ったねw
ああぁ・・俺もこんな授業しなくちゃなのかぁ・・って正直ダルかった。
取り敢えず○付け。
んで途中で気づく。小数の計算?え?小学校六年だよな・・。
ゆとりってこの事?まさかな。はっきり覚えてる。
彼女は小学四年生の問題を解いていた。しかも出来は五分五分。
「えっと・・あまり分かってない?」ってまた音声発信。
慌ててノートに書き込む。
彼女は曖昧な反応。
俺は授業の要領分かってなかったし、
先輩講師もどっかいっちゃってるし・・。
取り敢えず間違ったところを見て何がどう間違っているのか
チェックした。

なんてことはない。要は基本が理解していなかっただけ。
なんとなくの理解で済ませてしまっているようだった。
俺は一から教えた。次の単元とかお構いなしにね。
彼女も最初は無表情で淡々と俺の説明を見ては解いていた。
間違いがあるとなるべく丁寧に解説した。
彼女も次第に理解してきてチャレンジ問題もこなした。
ふむ、理解力はいいじゃない。
自分で作ったちょっと意地悪な問題もあっさりとこなしやがった。
なんかムカついたw
「そんな簡単に解くなよーw」なんてノートに書いたら
初めて笑った。笑ったというよりも照れたような感じだった。
後半になるとお互い少し慣れてきたのか世間話。
まぁ、小学生と大学生がする世間話だからたかが知れているけどさ。
映画の話で盛り上がった。小学六年生なのにめっちゃ知ってるw
俺も映画は結構好きだったから授業そっちのけで盛り上がったw
小学生と話が合うってのもなんだけどな。
ユウは最初の印象とは違いよく笑う子だったよ。
最後に「せんせ」と言われて手渡されたものがある。
彼女が今でも大好きなリンツのリンドールホワイト。
「いっこあげる」
俺は甘いもの好きじゃないんだが笑顔で受け取った。
そして出口まで見送る。
チョコをほお張りながら彼女は帰っていった。

授業後に教室長に「授業どうだった?」って聞かれた。
「いやーw大変でしたw」
「でも良かった」
「どういうことですか?」
「あの子ね、他の先生だと態度が全然違うんだよ」
「へぇ・・」
「悪い子じゃないんだけどね、人によっては全く反応しないんだ」
そんな生徒を新人に回すなwって思ったけど黙っておく。
「彼女があんな笑ってるの初めてみたよ」
「そーなんっすか?w」
「これからも頼むね」
「はぁ・・」
それからユウの担当は俺になった。

週一で通っていた彼女の通塾日と
俺の固定シフトがたまたま合ったのもあるだろうけど、
それ以上に他の講師が彼女の授業に入りたくなかったのだと思う。
手間がかかる。反応をあまり見せない。
なんてのがその理由だと思う。

大抵のバイト講師なんて適当に教えてりゃーいいだろって
考えの人が多いと思う。
かくいう俺も最初はそうだったしな。

だから、ダリーなぁ・・とも思いながらも
最初の内は彼女の授業をこなしていた。
でもな、その内に筆談にも慣れ、他の小学生の生徒よりも
飲み込みが早くてやる気があるその子を見るの
が楽しくなってきたんだよなw
彼女は宿題も与えられた以上にこなしてきて
七月に入るまでに六年生のテキストに突入した。
当初と比べるとやる気が違った。

そんなんだから傍から見れば難聴者の授業なん
て面倒だと思うかもしれないけれど俺にとってはめちゃくちゃ楽なものになってた。
なによりも授業の終わりには決まって映画の話が楽しかった。
俺より詳しいと本気で凹んだなw
でも楽しそうにノートに映画の内容を書く彼女を見ていると
愛らしくて気持ちが和んだ。

しばらく彼女の授業を担当していると先輩講師が
「よく嫌がらずに面倒みてるなw」なんて同情してきやがった。
バイトといえどサービス・接客業に近い塾講師をやっているのにも
関わらず髪は明るいし服装はだらしないし香水はきついし・・。
「いやー、楽しいですよw」
てめーみたいな野郎に教えられている生徒が可哀相だわw
と思いながらその場はかわした。
時折、講師間で交わされるユウの話。
馬鹿にしたようなその会話に反吐が出る。
こんな空気の悪いバイト先辞めようかと思った。
でもそれを思いとどまらせてくれたのはユウだった。

辞めようか悩んで突入した夏休み。
夏期講習なるものがあったが彼女は通常授業のみの参加。
俺もサークルなんかで忙しくて夏の間は一度も彼女と会わなかった。
その間にも他のバイト先をサークル内の人に教えてもらったりしてた。
辞めてもっと割りのいいバイトにしようと思った。
んで夏休み明け。

授業が終わったら「大学が忙しいので辞めます」
って教室長に言おうと決めていた。
担当表を確認。そこには一人彼女の名前があった。
久々だなーと思いながら彼女の下へ。
「久しぶりだねーw」
ってノートに書くとユウは急ぐようにそれへの返答をペンで書く。

「先生の授業うれしい^^」

って書いてそれを指でさす。
そして言葉で「やった」って言った。
そしてまたリンツのチョコレートをくれた。
俺はバイト規則なんぞお構いなしにその場で口に入れた。

「しー」
俺は人差し指を口元に持っていきそう言った。
ユウもコソコソとそれをほお張って
「しー」と同じ動作をして笑った。
海かどこかに言ったのだろうか小麦色に焼けた彼女が
一瞬可愛いと思ってしまった。
もちろんロリに興味はなかった。
そういう性的な意味じゃなくて、
自意識過剰なのかもしれないけれど、
自分が少しでも誰かに必要とされていることが嬉しかったんだと思う。
ホントすっげー嬉しそうに笑うの。
中学・高校と共学だったにも関わらず浮いた話は一切なかったし、
大学デビュー!と思ってもサークルでは地味な存在だったしね。
俺が隣に来るだけで喜んでくれる彼女を見てるとなんか無性に嬉しかった。
もちろん辞めようなんて既に思わなくなっていた。

それから半年ずっとユウの授業を見ていた。
成績は概ね良好。
冬の頃には学校の授業の先取り、
応用もこなすようになっていた。
俺も俺で授業に関係のない算数パズルみたいなもんを持ってきては
解かせていた。
彼女も悩みながらも楽しそうに解いていたよ。
それになによりもユウと筆談、
それに会話をする機会も増えた。

教室長にも言われたが俺以外の先生とはほとんど
筆談すらもしないのに俺には心を開いてくれていると。
なんかなーwと思ったが悪い気はしなかった。
俺から彼女についての話を聞くことは少なかったが
彼女から俺の大学での話なんかを良く尋ねられていたな。
後、変わらず映画の話もね。
そして三月。
いつも通りの授業だが彼女にとっては最後の授業だった。
事前に教室長に知らされていた俺は
若干の寂しさはあったが新たな旅立ちを祝う気持ちの方が勝っていた。

最後の授業は中学校の準備講座だった。
文字と式辺りまでをサクサクと終わらせていつもの雑談。
「せんせ、わたし、きょうてじゅくやめるの」
珍しく雑談で言葉を発してきた。
「知っているよ。中学校でも元気で頑張ってな」
俺はいつものようにノートに書き込む。
「せんせはまたいるの?」
「いるよー。たまには顔出してな」
またノートに。
「せんせ!」
なんか声が尖ってる。

ついつい「どうした?」って言葉を発する。
「いま、しゃべってるの」
ああ、なるほど。
彼女が読唇術を少し身につけていることを知っていた。
俺は口を大きく開けてゆっくりと会話をした。
「ごめんね」
「せんせ、わたしのじゅぎょたいへんたったてしょ?」
「ぜんぜん」
「めいわくをかけてごめんなさい」
「馬鹿wなんで○○ちゃんが謝るんだよ」
突拍子もないこと言うから早口になってしまった。
(関係ない話だけど早口は当然理解しにくい。
それに区切りすぎるのも良くない。
大きく口を開けて。なるべく短い文で話すのがよろし)

彼女の表情は???ってなった。
「あやまらないで」
「うん」
彼女が席を立つ。
出口で彼女が口を開ける。
「せんせ、つくえのなかみてね」
周囲の視線が気になった。
いつもそうだったんだが、彼女の独特な喋り方は他の生徒、
講師からの好奇な目を浴びてしまう。
こっちみてねーで授業に集中しろ!と毎度毎度思っていた。
「わすれもの?」
彼女は首を振る。
俺はおkサインを出して彼女を見送った。
その日は彼女の授業で最後だったので机の掃除をしながら引き出しの中を覗く。
そこには二つ折りになった紙が入っていた。

「俺先生~、○○ちゃんが呼んでる」
教室長に呼ばれた。
俺は紙をポケットに入れて出口に行くと彼女が立っていた。
その後ろには彼女の母親も立っていた。
母親に会釈をして彼女の顔を見る。
「どうした?」
「しゃしん」
今ではあまり手にすることのない使い捨てカメラを手にしていた。
「ん?」
「いっしょにとって」
顔を赤らめて言う彼女。ませてるなーなんて思いながらも快諾。
教室長にツーショットを撮ってもらった。

「娘がお世話になりました」
深々と挨拶をする母親。
「いえいえ、僕も楽しかったです」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げると母親は彼女を連れて帰っていった。
彼女が車に乗り込み、見えなくなるまで俺は手を振った。
んで戻って帰宅。
家に帰ってスーツをハンガーに掛けていた時に例の紙の事を思い出した。
ポケットを探り取り出す。
開くとそこには彼女の綺麗な字で
『一年間ありがとうございました。先生の授業とても楽しかったです』
と書かれていた。
可愛らしい絵も添えられていた。
彼女は絵が得意だった。よくノートに書いていたよ。
俺はその紙を閉じて財布に入れた。
そして冷蔵庫からビールを取り出す。
その日のビールは少ししょっぱかった気がするんだぜw

大学二年生になるとやたらサークルが忙しくなった。
バイト代も貯まってたし、その頃から始めた
スロットも調子が良くバイトに入らなくなっていた。
んで久しぶりに塾に行くと教室長が
「この前○○ちゃん(彼女)が君に会いにきてたよ」
5月の中旬だったね。
「そうなんすか?なんか用でした?」
「これ置いていった」
封筒みたいなものを手渡された。
中身を見ると最後の日に撮った写真の焼き増しだった。
俺の顔キモw今でもスキャンして撮ってあるがマジできもいw
そして一枚の紙。
『携帯買ったのでメールしましょう』
ってアドレスを添えて書かれていた。

なんだそれwと思いながらも封筒をしまいその日は授業をこなした。
帰宅後思い出したかのように彼女からもらった紙を見た。
そして携帯を手に取る。
アドレスを打ち込む。
本文入力。
でも送信ボタンは押さなかった。
なにかいけないことをやっているんじゃないかという衝動に駆られたんだな。
中学生にメールなんてって思った。
万が一トチ狂って犯罪チックな展開になったらどうすると思い結局メールは送らなかった。
そしてそれ以降彼女が塾に来ることはなかった。
もちろんアドレスの紙もどこかに消えていた。

月日は流れて大学四年生。
単位も残り4単位、そして就職も無事に決まりフラフラしてた。
そこ頃、大学のサークルの一年後輩の子とも付き合っていた。
どちらが告白したとか、きっかけなんかも今となっては
思い出せないほどのなんとなくま付き合い。
でも俺にとっては初めての彼女であり。
初めてのデートであり。初めてのキスであり。初めての体験だった。
正直期待以下だったなと思う。
なんだかなー。
たぶんよっぽどの事がなければこの子と結婚するんだろうか、
もし振られたら一生独身かもな。
当時はそんな感じで焦燥感に駆られていた。
その頃になるとバイトも再開。
結局塾講師しかバイトしてなかったなぁ、なんて。
なんだか無味乾燥な大学生活だったなと思っていたよ。
そんな感じで大学生活は終了した。

社会人生活一年目。だいぶ慣れた(仕事的には、でも既に辞めたかった)頃、夏の日。
会社の同僚と上司と飲んだ帰り。
いつもの最寄駅のホームで酔い覚ましにとペットボトルの水を飲んでいた。
なんか上司の愚痴、説教が多い飲みの席だったので
俺の気分は悪く家に帰っても一人なのでなんとなくそこにいた。
今ではその上司に感謝している。
その時、そこにいなければ彼女と再会はしていなかったかもしれないからね。
突然後ろから声が掛かった。
「せんせ」
振り返ると学生が一人。
すぐに彼女だということは分からなかった。
「おぼえてる?」
たどたどしい喋り。ようやく気づく。
変わらず地味な子ではあったが三年の月日が彼女を大人にした。
制服にも新鮮さを覚えた。
考えてみれば高校生の歳になったのか。
小学生のあの子がな・・。完全にオサーンだったw

「○○ちゃんか?」
彼女は笑って頷いた。
そしてノートを取り出すと「暗いから筆談で」と書いた。
おいおい、今はほって置いてくれよなんて思った。でもお構いなし・・。
「仕事の帰りですか?」
変わらず綺麗な字を書くもんだなと感心しているのもつかの間、
「お酒臭いよ」と書かれた。
そんな匂うかなと思いながら俺も自分のペンを取り出してノートに書き込む。
「社会に出れば分かる」
「体は大事にしないと」
「言うようになったね」
久しぶりの筆談だった。
パソコンばかり打っていたので文字を書くのも久しぶりだった。

「それにしても久しぶりだね」
「そうだね」
「でも高校生がこんな遅くに出歩いてていいのかよ」
「遅いってまだ九時だよ」
「十分遅い」
「友達と遊んでたの」
「夜遊びも程ほどにな」
「厳しいよ、先生」
「でも元気そうで何より」
「元気じゃないよ」
「どうして?」
「先生がずっとメールくれなかったから」
彼女の顔を見る。悪戯に笑っていた。

ああ、あの時のことか・・。
「あの紙なくしちゃったんだよ」
バレバレの嘘。文字も焦っていた。
「じゃあ、今日は教えて」
そう書くと彼女は携帯を取り出した。俺は参ったと言わんばかりに携帯を取り出す。そしてお互いに交換する。
当時はいい年こいてアドレスに付き合っていた彼女の名前を入れていたんだが、案の定彼女に突っ込まれた。
「彼女さんの名前?」
「そうだよ」
「先生モテるね」
「どこがだよw」
「私は彼氏の一人も出来ないよ」
「意外と可愛いのに」
ちょっと調子に乗って意地悪を言う。

「じゃあ先生が振られたら彼女にして」
え?俺は思わず彼女を見た。
彼女はペンで何かを書く。
「冗談だよ」
「からかうのはやめろw」
そして彼女はノートを閉まって携帯を指差す。
ボタンを押す仕草。
「わかってるよ」
俺はベンチから腰を上げて彼女と一緒に歩き出し改札を出た。
そして急に立ち止まってバッグを漁ると懐かしいリンツのチョコを出してきた。
どんだけ好きなんだよw
と思いながらもありがたく受け取る。
口の中で溶かしながら食べるそれは口に残るアルコールの味と混ざった。

ロータリーに出向くと彼女の母親が待っていた。
うわwこんな酔っ払いの姿見せたくねぇwと思いながらも挨拶。
言葉は交わさないまま俺は帰宅した。
そしてその時は彼女にメールをした。
『勉強も頑張れよ』ってな感じのを送ったと思う。
『先生もお仕事頑張ってね』って返ってきた。
今は先生じゃねーけどなw
それから彼女とのメールのやり取りが少しずつ始まったんです。

毎日がルーティンワークな社会人二年目。
大学で出来た彼女とはまだ続いていた。
でも彼女のほうがいい所に就職して俺は若干負い目を感じていた。
それに会う機会も月に一、二回。付き合っているのかって感じだったw
そんなつまらない生活に一通のメールが届いた。
ユウからだった。
数ヶ月ぶりのメール。何気なく開いてびっくり。
『この前全国のろう学校主催の絵画コンクールで金賞を貰いました』
ほうほう。すごいじゃないか。

『おめでとう』
『ご褒美下さい』
益々マセガキになりやがってwwと思った。
『高いものは買えないぞー』
『デートして』
馬鹿かwと思った。
『冗談はやめろよー』
『冗談じゃないよ。本気だよ』
『彼女いるんだぜ?』
正直それは逃げるためのいい訳だった。
付き合っていた彼女のことを思って言ったわけじゃない・・。

『そうだよね。忙しいのにごめんなさい。またメールします』
って返ってきた。
俺もだらしない男だわな。少し可哀相に思っておkの返信をした。
『嬉しい』
フラグとかそんなことは当時の俺に考える余地はなかった。
ただ元教え子と遊びに行くくらいの感覚。
『どこに行きたいの?』
『映画館に行きたい』
申し訳ないけれど耳が聞こえないのに平気なのかという疑問を当然に抱いた。
でも彼女が行きたいと行っているのだ俺がケチをつけるところではないしな。
『いいよ』
日時と集合場所を決めてその日のメールは終わった。

その日は快晴だった。
久々の休日でずっと寝ていたかったが約束を反故には出来ない。
鞭打って集合場所に向かったよ。
彼女は俺よりも先についていた。
「せんせ!」
ユウが手を振ってきた。それはまるで彼氏を待つ彼女の様子だった。
「おまたせ」
ユウは首を振る。
俺は指で「行こうか?」の合図を出す。
ユウは頷いた。
駅近くの映画館。
何を見るかは聞いていなかったが当時ヒット上映していた映画
『バタフライエフェクト』だったのを覚えている。

今での好きな映画の十本には入る名作だと思う。

でも当時鑑賞したときは彼女の事が気になって映画どころじゃなかったw
聞こえないのに理解できているのかなーってね。
それに補聴器をしていないし。
なんでも大きな音になると補聴器が必要以上に反応してしまって逆に不快になるのだという。
補足すると、私くらいだと補聴器の意味はほとんどない、と最近教えてもらった。
でも必死に見入っていた。
鑑賞後も「おもしろかった」と満足げだった。
字幕だけでも分かるものだなーと関心。
後に音声を消して自宅で映画を見たことがあるが・・正直楽しめなかったw
健聴者にとっては難しい作業なのかしれんw

デート?中は言葉のみだけではなくジェスチャーも交えて『会話』をした。
周りの視線が最初は気になったがすぐに慣れた。
今もそうなのだが俺と彼女間で手話はあまり使わない。
それは彼女の通う学校が『聴覚口語法』を採用していたから。
一般的な手話法ではなくて精度の高い補聴器を持って耳から言葉を聴き、
そして言葉で伝える手法のこと。
ろう社会では今でも賛否両論あるのだがドラマなんかで見られる
手話をしながら話す(トータルコミュニケーションなんて言われているが)ことはしなかった。
とにかく音声を持ってして人とのコミュニケーションを図ろうとしていた。

今は『人口内耳』なんて便利なものもあるらしい・・。
手術で埋め込むらしいのだが、ユウが失聴した頃には日本であまり普及は
しておらず高額なものになるので彼女はそのオペを行わなかった。
幼少期ならばそのオペを受ければ効果は大らしい。
今は本当に便利な世の中になっているとユウは言っている。
そんな感じで『会話』をするユウに対して初めは理解に欠けて苛立ちもしたがなw
今は造作なく会話できる。
でも喧嘩する時なんかは面白いもんだぜw
背中を向けていても彼女の怒りは俺に伝わるのに俺の言葉は伝わらないw
だから何の効果もないんだw
それを分かって喧嘩のときや都合の悪いとき、彼女は俺の顔を見ない。
手話も見ないw
テラヒドスw

ユウとのデートは当時付き合っていた彼女と会っている時間より楽しかった。
新鮮さもあってだとは思うが、
こうただ手をつないで適当な会話をして、適当な場所で遊んで・・。
って言うのよりもしっかりお互いの顔を見て自分の伝えたいことを
身振り手振り口ぶりを駆使して会話することに心地いい疲れと共に
満足感を得られたんだわw
単調な生活がその日だけは楽しいものになったよ。
そして俺は七時過ぎにユウと別れた。
「せんせ、きょうはあそんでくれてありがとう」
高校生になって礼儀も覚えたかw
深々とお辞儀をして帰っていった。
それにもう一つ、
塾にいた頃授業が終わると「ありがとございました」って言ってたんだ。
「ありがとう」って言えなかったの。
最後の「う」が本人は言っているんだろうけど切れるわけ。
「ありがとっ」みたいな感じかな。
それがこの時はちゃんと「ありがとう」って言えていた。
成長しているんだな・・・って何か切なくなった。
いいな・・学生って。
俺はつまらない生活を送っているなって。
誰かが言っていたよな?w向上心のない奴は馬鹿だってw
まさにその通り。
すげー自分のやること全てがだるくなった。
俺はダメダメだと鬱になった。
こうゆう状態って急に来るものなのな。

決してユウのせいなんかじゃない。
自分が弱かったんだと思う。
彼女とのデート後、しばらくしてから俺は仕事を無断欠席することが多くなった。
すぐに会社はクビになった。
そりゃそうだわな。別にいいし・・なんてふざけた考えをしていた。
貯金は結構あった。
それを崩しながら堕落した生活。
パチンコ、スロット、競馬に、競輪・・。
吸わなかったタバコも吸うようになった。一気に部屋が黄色くなる。

そして付き合っていた彼女には仕事をやめたことは伝えていなかった。
会うことになるとスーツで向かった。
意外にもバレないw
つーか俺に関心がなかったんだわな、この頃既にw
でもユウには気づかれた。というか目撃された。
ユウと遊んでから半年くらい経ってからかな。
ボサボサ頭のスウェット姿でパチンコ屋から出てしばらくすると肩を叩かれた。
その日は負けていて苛立っていたので「ああ?」なんて低い声で振り向いた。
すると少し怯えた様子のユウがそこにはいた。
たぶん俺の表情さえもひどかったんだと思う。
「せんせ、やすみ?」
構うなと思ったが、あの日遊んだきり会うことも連絡することもなかったユウの手前、
邪険には出来なかった。

「やすみ」
「そんなかっこうでみっともないよ」
カチンときた。ガキに説教される覚えはないと思ったからね。
タバコを取り出して火をつける。
ふとユウを見るとタバコをふかすジェスチャーをする。
しかも驚きと疑問の顔で。
「わるいかよ」
ユウと話すときの癖で大きく口を開けてしまった。
煙が彼女に掛かる。
「す、すまん・・」
ユウは咽ながら首を振る。
「せんせ、しごと・・」
何かを言いたげだった。
「へいじつ、さいきんよくみる」
「え?」
「しごとやめたの?」
俺はユウの顔を見ずにタバコを吸った。何も言えない。
こんなだらしない男に勉強を教えてもらっていたのかと
幻滅されてんだろうなって思ってユウを見ることが出来なかった。
俺チキン。

「せんせ」
タバコの火をサンダルの裏で消して彼女を見る。
「べんきょ」(小文字の後の母音発声は今でも困難な模様w)
「は?」
「おしえて」
俺は手を横に振った。嫌だよ。
「えいご」
「は?」
「えいごをおしえて」
彼女はバッグからプリントを取り出した。英語のテキストだった。

俺はテキストを受け取り中身を見た。
懐かしいな・・、大学受験を思い出す。
「ため?」
ため?ああ・・ダメ?って聞いてるのか。なんかユウの発音に可笑しくなった。
馬鹿にしているわけじゃない。なんかユウと接していると面白いんだわw
俺は人差し指を上に向けて「いっかいだけ」と言った。
ユウは頷いた。
そして数日後、俺は初めてユウの家に出向くことになった。

別に彼女の家に行くわけでもないのに俺は久しぶりに髪を切ってユウの家に向かった。
地区は同じだが駅を背に反対側に位置する俺とユウの家。
その方面に行くのは何度しかない。
着いた先は四階建てのアパートだった。
俺の住んでいるボロアパートなんかよりは断然マシだが結構年季が入っている。
ユウの家の玄関前に立ちチャイムを鳴らす。
出てきたのは母親だった。
「どうも」
「お忙しいところすいませんね」
変わらず低姿勢なお母さん。
俺は言われるがままに中に通された。
家の中は綺麗に整理されていた。無駄なものが置かれていない。
俺の実家とは大違いだ。
ユウはリビングでテレビを見ていた。
違和感を覚える。テレビ?聞こえるの?
画面を見ると英語字幕の映画を鑑賞していたのだ。
すげーwと感心した。

俺の訪問に気づき
「せんせ」と言うと停止ボタンを押して立ち上がった。
「こっち」
俺はユウに腕をつかまれて彼女の部屋に連れて行かれた。
すぐにユウの母親がお茶を持ってきてくれた。そして出て行く。
部屋もまた綺麗だった。
映画のポスターがニ枚張ってあった。
違った意味でセンスがいいww
「トレインスポッティング」のポスターだったw
そして隣には「バッファロー66」のポスターww
本当に女子高生かよwと思った。
そのポスターについて触れたのはつい最近。
「すきなんたからしょがないてしょ」(好きなんだからしょうがないでしょ)だってw
好きになる理由はいらないってかw

英語を教えると言っても彼女に教えるところはほとんどなかった。
だってほぼ満点に近いものだったから。
学校の宿題をただ一緒に解いては見せ合っていくだけ。
俺のほうが間違っているなんてこともある。
俺いる意味あんの?wってくらい。
そしてその日は終わった。
二時間で一万も頂いた。
タダでいいと言ったのだが母親は言って聞かなかった。
渋々それを受け取る。
帰り際に玄関先でユウに「せんせ、まいしゅ、おしえて?」と言われた。
絶対言われると思った。
でも『教える』ってのは嫌いじゃないし。ユウと過ごす時間も嫌いじゃない。
俺は「はいはい」といった感じでおkを出した。

相変わらずユウの家に行く日曜日以外はダラダラと過ごしていた。
でも身だしなみは人並みに整えるようになったし、
転職サイトも覗く(だけ)ようにはなっていた。
そして何度目かの家庭教師訪問の日。
二月くらいだっけか。
俺はユウの母親と話す機会も持つことになった。
いつも通りユウにはテキストの問題を解かしていた。
テキストの巻末の入試問題に挑戦ってのを時間を計ってやらせていた。
俺は「トイレを借りるね」と言って部屋を出る。
人の家で小の方とは言え気兼ねしたが我慢がならずトイレを借りた。
そこで気づいたのだがトイレにはびっしりと紙が張られていた。
映画のワンフレーズだと分かった。
一文が書かれておりその下には映画の名前。
相当な映画好きなんだなと思って出た。
するとリビングで洗濯物を取り込んでいた母親と目が合った。
俺はトイレのお礼を言うとすぐに部屋に戻ろうとした。
「男さん、ちょっといいですか」
母親に手招きをされた。

「はい・・」
何かクレームか?
俺は一切手を出してはいないが・・。
そんな不安に駆られて近づくと椅子に座るように言われた。
「失礼します」
「ユウの調子はどうですか?」
「家庭教師なんかいらないくらいですよw」
あはははと笑うのは俺だけだった。あれ?まずいこと言った?
「ユウはね、本当に男さんが好きなんですよ」
「はい?」
「変な意味じゃなくて。小学生頃、私にも見せないような笑顔でユウは塾から出てきました」
「はぁ・・」
「塾が楽しいって、あの日初めてそんな言葉を口にしました。『楽しい』なんて初めて聞きましたよ」
「特別変わったことはしてませんでしたけどw」
「そこなんです」
「はい?」
「私でさえ最初の頃は難聴者であるが故に娘とうまく接することが出来なかった。
でも男さんは普通に接してくれた。ユウはそんなことを言っていました」
「あ・・でも僕も補聴器を見て、『聞こえないんだっけ?』なんて尋ねてしまいました・・」
「知ってますよ。最初はその点でユウも不信に思っていたんでしょうが男さんの授業、
会話が本当に楽しかったみたいです」
確かに、それ以降は彼女の難聴に対してこの時までに触れたことは一切なかった。
「ユウは五歳の時に・・」
そこで母親は口を閉じた。
「すいません。こんな話をしてしまって・・」
「話してくれませんか?」
ユウの事がもっと知りたいと、素直に思っていたね。
母親は思い出すかのように話してくれた。

以下にはユウの過去を書く。
何他人のエピソード書いちゃってんの?死ぬの?
と思うかもしれないが俺はこの一連の話で一つの転機を見出した。
だからユウとの事を書くにあたってこの話は必要不可欠なんだ。
分かってください・・。

俺は当時ユウは生まれつき耳が聞こえないものだと思っていた。
というか耳が聞こえない人に対する認識がそれだった。
でも最初に言ったようにユウは五歳のとき聴覚を失った。
ユウの両親は離婚している。
離婚したのはユウが失聴した後、すぐに、だそうだ。
元から不仲だった両親。
その影響もあってユウは塞ぎがちな子だったらしい。
父親はいわゆるダメ親父。
結婚して分かった大量の借金。
仕事も二転三転していたようだ。
特に娘であるユウに八つ当たりをすることもあったという。
そしてXデー。
日常茶飯事の夫婦の口論の最中、父親はユウを突き飛ばした。
その反動でユウは床に思い切り頭をぶつけた。
大丈夫?と駆け寄った母親の胸元ユウはで「やー!!!やー!!!やー!!」と泣き叫んだという。
心配した隣の住人がチャイムを鳴らすほどの大きな声だったという。

そして急に目を閉じて泣き止んだ。揺すっても起きない。
最悪の事態が起こったと母親は救急車を呼んで病院に駆けつけた。
幸い命に別状はなく安心したのもつかの間、母親は離婚届を突きつけたようで。
もちろん養育費の請求も同時にな。
父親は当初断ったようだが裁判の話になるとすぐに承諾をしたらしい。
外傷は特に見受けられなかったユウはすぐに幼稚園へと復帰。
しかししばらくして周囲は異変に気がついたという。
元々無口な子であり、話しかけらても無視をすることもあったようで。
ユウが失聴していることに気がつくのには結構な時間が掛かったみたいだ。
母親はすぐに耳鼻科に駆けつけた。

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様々な検査の末の診断。
頭部の打撃、もしくは高度のストレスからか・・。
根本的な原因は分からなかった。
後者であれば『突発的失聴』と言って、
最近だと歌手の浜崎あゆみなんかがそうなったよな。
大抵は肩耳だけらしいが稀に両耳に訪れることもあるようだ。
物心ついているような人にはこの突発型ははっきりと何時どこで
何をやっているときに聞こえなくなったのかが、
分かるらしいので明確だが、五歳のユウにその判断は出来ない。
見た目は全く変わらない娘が声を聞き取ることが出来なくなっているなんてと。
ひどく落ち込み自分を責めたという。
共働きであったが故に娘に構ってあげられなかったことなど
直接的原因ではないことまでを責めたという。
同時にこれからどうやって生活をしていけばいいのか・・。
最悪の行為にも出ようとしたらしいがそれを思いとどまらせたのは
ユウ本人だったみたい。

貯金と別れた父親からの養育費。
そして母親の稼ぎで生活は成り立ってはいたが如何せん精神的に限界だった。
娘に何を話しかけても反応してくれない。
せっかく二人での生活がスタートしたのにと・・。
仕事のない日はボーっと映画を見ることが多くなったようだ。
高校生の頃所属していた映画研究会。
社会人、そして主婦になってからは見る機会も少なくなった映画。
意気揚々と見るのではなくそれくらいしかやる気がなかったという。
このまま心中をしようかと考えながら眺めることが多かったと言っていた。
ある日、ホラー映画を見ていたという。
内容なんて頭に入ってこない。ただボーっと眺めるだけ。
そこにふと腕に重みを感じたという。
おもむろに首を曲げるとユウがしがみついていた。

険しい顔をしている・・が視線はテレビ画面。
「ユウ?どうしたの?」
当然話しかけても答えはない。ないはずなのに
「こわい」
と答えたそうだ。
幼稚園生が見るには恐ろしい映像が流れているのだ。
怯えて当然だ。
映画館なんかでカップル(笑)がホラーなんかを見て彼女が彼氏の腕にしがみつく、
そんなベタなシーン。まさにその状態。怖いから誰かを頼りたい。
ユウが頼ったのは紛れもない・・母親だった。
母親はユウを泣きながら思いっきり抱きしめたという。
この子には私しかいない。
そんな当たり前の考えが当たり前に出来なかった自分を
情けなく思う気持ちと娘を愛おしく思う気持ち。
一気に押し寄せたんだと思う。
それから映画を見るたびにトコトコとユウは母親の傍で眺めていたという。
理解しているいないは重要じゃなかったと母親は言う。
そして休みの日は決まって一緒に映画を見るようになった。
ミュートにして、字幕だけを二人で追ったという。
娘と同じ目線でモノをみるようになった。
さらに凄いことに、母親はユウの映画に対する理解の有無は問わずに
娘と見る前に一度ビデオを見て字幕を全て書き写し振り仮名を付けた紙を用意したという。
今の映画好きは母親譲りだったんだなw

小学校は普通小学校に入学をした。
障害者に対するある程度の理解と内容があったからだった。
それに将来的に「ろう者」と位置づけられるか「難聴者」と位置づけられるかは
今のところどの小学校に通ったかで分類されてしまうらしい。
これは母親の意向が大きかった。
小学校に入学。
低学年1~3年までは学校の対応もそしてユウ自身の勉強も順調だった。
昨今大学の講義で見られるノートテイクはなかったが黒板に書かれた文字、
そして教科書を目で追えば十分だった。
しかし四年になると勉強の複雑化からクラスに追いつけなくなり
軽度のイジメが起こった。
いずれは起こる事態だと母親はそこまであたふたしなかった。
イジメもひどくはなく担任からの注意で収まる程度だった。
しかし勉強がダメ。担任も大変面倒見がいい人だったのだが限界はある。
そして五年生にあがると同時に俺より一年先に例の塾に通いだす。

しかし一向に改善されない。
面談の時に渡される学習プラン表には「よく出来ています」
「GOOD」なんて書かれているもののいまいち納得が出来ない。
まぁ、酷いもんだよ。
適当だったもの、あの塾。
しかしユウの母親は気の弱い人なのか、長い目で見ようと思ったのか。
ユウ自身も行きたくないとも言わないので通塾を続行させた。
そして一年が経ち・・未だに四年生の範囲が終わっていない。
さすがに母親は辞めようと思ったと言う。
六年生になり四月分の月謝を払ってしまったので五月から休会をしようと思っていた。
その矢先に俺が登場したわけだ。
「じゅくたのしい」
その一言で母親は満足だったという。
それに自主的に勉強をし始めた娘の姿に感動のあまり倒れそうになったともw
塾から帰ってくるたびに俺のことを話していたと。
聞いていて正直こっぱずかしかったw
中学校も出来るならば公立に行かせたかったようだが。
障害に対する訓練の充実を重視すべきだということからろう学校に入った。
そして今に至る。

俺は一時間弱話を聞いていたと思う。
人の話をダラダラと聞くのは好きなほうではないのだが聞き入った。
もっと詳しく聞かせてほしい気持ちもあったが
「ユウの方は平気かしら?」という母親の一言で俺が何しにここに来たのかを思い出した。
「すいません!」と言ってユウの部屋に戻った。
「終わった?」
机を見るとユウの頭が乗っていた。
近づいても気づかない。
そっと傍に寄って見た。
「すぅ・・すぅ・・」
と小さな寝息を立てている。
あちゃ・・寝ちゃったのかよw
と思いそっとテキストを手に取った。
指定した問題の先もこなしていた。
丸付けするとほぼ満点。
俺が教えていない範囲の問題もほぼ満点。文法、知識的な部分を除いてはね。

ここで疎い俺は気づいた。
考えてみれば英語を教えてなんておかしな話なわけで。
映画を英語字幕で見ることも出来るし結構難しい英語のテキストもなんなくこなしていたしね。
家庭教師なんてのは俺と会う口実だ、たぶん。(自意識過剰でさーせんw)
ユウは好意以上のものを俺に抱いているのではないかと・・。
でも同時に無理だと思っていた。
歳が離れている。これは表面上の言い訳。
本当は、俺はこの子を支えてあげられるほど強くないってこと。
障害を理解するのとは別の話だ。
しばらくするとユウが目を覚ました。
机に押し付けられたほっぺたが赤くなっていた。

俺はおもわず笑ってしまった。
「ねてた?」
「うん」
俺はテキストを彼女に渡す。
「せんせがこないからたよ」
「ごめん」
俺は彼女に帰ると告げた。
いつものように玄関まで見送ってくれた。
普通は会話をして帰って行くんだけど俺は無言だった。
一度だけ後ろを振り返った。
ユウの姿はない。しかしすぐに何かを抱えて戻ってきた。
「せんせ、これ」
その日はバレンタインデーの数日前。
白い包装に包まれたチョコだった。
「ありがとう」
いつも以上に口をはっきりと開けユウにお礼を言った。
生まれてこの方バレンタインチョコなど貰ったことがほとんどない
俺はここでテンションマックスwwになって然るべきところ。
でもこの時は重かった。例え義理チョコだとしても。
ユウは俺の言葉に照れたように笑う。
「せんせ、きょうもありがとう」
「うん」
いつもなら手を振って帰るのにそれ以上は何も答えずに玄関を出てしまったのを思い出す。

家に帰って中身を見た。
『リンツには負けるけれど・・』と小さなメモが。
確かにw
すこし苦かった。でもおいしい。甘くなくていい。
しかし何故か心は晴れない。
考えても無駄だとその日は眠りについた。

俺は次の日曜から家庭教師のバイトを休むようになった。
『転職先を見つけるため忙しくなる』とユウには言った。
ユウに会うことが出来なかった。気持ち的に。
事実、仕事先を見つける動きもみせていた。
そろそろ貯金もやばい・・。
しかしそうはいってもやっぱり探すだけで応募しようとはしなかった
家で引きこもることが多くなった。
相も変わらず付き合っていた彼女とは数回会うだけ。
会ってもお互いの笑顔も減った。
性欲なんてのも彼女に対してわかず飯を食っては帰っていくだけ。
「仕事は順調?」といわれても「まぁ」と答えるだけ。
そんな感じでgdgdと過ごして年度も変わり桜も散った五月。
ユウがちょっと時間を作ってくれとメールで寄越してきた。
俺は渋々承諾した。
駅近くの喫茶店で待ち合わせをした。

「せんせ」
ユウはいつも俺より早く到着している。
「どうしたの?」
「しんろのことてそうたんがあるの」
ユウがそう言うと近くに座っていた他の客が数名俺達の方を見るのが分かった。
「だいがくに、すすむのか?」
「よねんせいはむり」
「どうして?」
「はやくしゅうしょくしておかあさんをらくに」
就職・・。痛い響きだった。
それ以上に気になったのが周りの視線。
構わず続けた。

「たんき?」
ユウは頷く。
「どんなしごとに、つきたい?」
「えいご」
「えいご?」
「かいがいえほんのほんやくかに・・」
俺はユウの話を最後まで聞かずに立ち上がった。
俺の正面の席のカップルがコソコソとこちらを見ながら話していたのだ。
驚くユウの手を取りカップルに向かっていった。
「見てんじゃねーよ!バカップル!!」
俺は振り返らずに店を後にした。
むかつく。
心底腹がたった。
ユウは見世物じゃない

「せんせ?」
「おれのいえではなそう」
その店は俺の家の傍であったから。下心なんかで呼んだわけじゃないぞw
俺は怒りから何も話さずにずんずん突き進む。
ユウの腕を掴んでいるのも忘れて。
気づいたのはユウの手が上に上に移動して俺の手を握り締めたからだ。
小さくて柔らかい手が俺の手を包んだ。
しかし思わず振り払ってしまった・・。
「いや、その・・」
俺はてんぱった・・、さすがに今の態度はどうかしている・・。
「へへ」
ユウが恥ずかしそうに、ちょっと切なそうに笑った。
今でもあの日のことは謝ってない、本当に悪かったと思う。

家に上げるとユウは驚いた表情を見せた。
「きたない」
おうおう・・。ちょっとは遠慮してモノを言えと思った。
言うほど汚いとは思わないけれどなw
俺はテーブルに置かれたパソコンを立ち上げて『絵本翻訳家』をググッた。
その間のユウの行動がおかしい。
チラチラと部屋を見渡している。
「どうした?」
と尋ねる。

「そうじしないの?」
「あのな・・」
面倒なので筆談に変えた。
「一人暮らしなんてこんなもんだぞ」
ユウもすぐにペンを走らせる。
「食事もちゃんと採ってるの?」
「とってる」
ここは言葉。
「彼女さんを家に呼んだりはしないの?」
「よばねーよ」
「先生だらしないよ」
「うるさい。ちょっと黙ってろ!!」
殴り書きをした。
図星なことを言われてキレるとかwくそったれですw
ユウは何も言わずに隣に正座をしていた。
なんで正座wと思ったが反省の意をこめているのだろうとほっておく。
俺は構わず調べた。

どうやら短期の英語科を出て翻訳家(絵本ではない)になった人はいるよう。
そして絵本翻訳家は少子化の影響から絵本自体が
少なくなっているために相当なるのが難しい職業のようで・・。
淡々とメモ書きをしていると肩を叩かれた。
「なに?」
ユウはペンをとってこう書いた。
「掃除していい?」
・・・。
是非!と即答したかったが何か癪に障ったので「好きにして」と書いた。
ユウはパッと立ち上がり掃除をしだした。
「すてていい?」「これはどこ?」
なんて聞きながらテキパキと掃除をしていくユウを見ていい奥さんになるわな・・なんて思ってた。
ものの数十分で見違えるほど綺麗になった俺の部屋。
ほんのり汗をかいていたユウに「ありがとう」と告げメモを手渡す。
「せんせ、ありがとう」ユウもお辞儀をしてきた。

「せんせ、すごいね」
「ネットつかえば、できる」
パソコンを指差す。
首を振るユウ。
「わたし、せんせをそんけいしてる」
「ん?」
俺が???な顔をしていると紙に書く。
「尊敬」
そして俺を指差す。
尊敬ね・・、どこにそんな要素があるw
「先生は私を普通の子と見てくれる」
「だって、普通じゃん」
「ありがとう」
俺は「うん」と言い、続けて今日はもう帰りなとユウに言うと素直に帰っていった。
帰った後に『色々悩んで一番の道を選んで下さい』とプーの俺は偉そうにメールを送った。
『先生も頑張ってね』と返ってきた。
俺は再びパソコンに向かう。
彼女の気持ちに答えるのは無理。
でも彼女が俺に抱いている綺麗過ぎる幻想を保つことは出来るのではないかと。
先ずは仕事を探そう。
人並みにちゃんとしようと思った。

夏が過ぎ、そろそろ年の瀬だというのに仕事は決まっていなかった。
少し高飛車になっていたのかもしれない。
有名どころの大学を卒業して有名企業に入った俺勝ち組w
だから転職先もある程度いいところじゃないとwwなんて自惚れていたのかもしれない。
面接にこぎつけたのはわずか一社。しかも落とされる。
その間にもユウとはメールで連絡をちょくちょく(月に一回くらい)とっていた。
どうやら進路は短期大学の英米文学か英語科にするとのことだった。
彼女の英語力なら短期大学の英語科では物足りないのではと思ったが・・。
そんな感じで過ぎていく日々・・そしてあの日が来る。

二月。
久々の面接。
昼からの予定ではあったが朝から目が冴え渡っていた。
ユウの合格発表の日でもあったからだ。
ダブルのドキドキ。心臓に悪いw
十時過ぎ。
メールが来た。
「先生、合格したよ」
きたああああああああああああああああ!!!
俺はすぐに返事をする。
「おめでとう。四月からは晴れて大学生だ」
小学生だったユウがもう大学生・・。感慨深かった。
でも呑気に浸っている場合ではない。
俺もしっかりしないととスーツに着替えた。
今日はいける!と確信していた。
俺も四月から社会人復帰だと。
でもそんな上手く行くわけないw

面接は散々だった。
空白の時間を問い詰められ、俺の人間性も否定され・・、
圧迫面接というか、ただこき下ろされただけ。
久々に凹んでいた。自己嫌悪もプラスされてな。
なんか誰かと一緒にいたかった。
ユウに連絡しようか・・まさかw
俺は例の彼女に電話をした。
しかし繋がらない。おかしい・・今日は休みのはずだ。
何度かけても繋がらない。
仕方なしにメールをした。
『今日会えない?』
するとメールが返ってきた。
『今忙しくて電話出られない。どうしたの?』
どうしたの?と聞かれて俺は隠していた事実を話そうと思った。
もう隠していても意味はない。
こういう時に彼女に頼らなくていつ頼る。
都合のいい考えが俺の頭をよぎる。
『実はな、俺だいぶ前に仕事辞めてるんだ。今は仕事を探している段階。
それで今日の面接で散々だったから○○の顔が見たくなって』
今思えば最低なメールだわなw

しばらくするとメールが返ってきた。
『だと思った。つか何様だ、お前。もう二度と連絡してくるな』
青ざめた。予期せぬ返事だったから。
俺は電話を掛けた。
出ない。もう一度・・。
「しつけーなぁ」
男の声だった。
「あれ?」
「今○○とデート中なんだよ、殺すぞ」
「ちょっと・・」
すぐに電話は切られた。
数分はボーっとしていたと思う。
ハッとしてもう一度電話を掛ける。
プープーとなる。
話中?違う着信拒否だ。
メールはどうだ?
『あて先を確認してください』
オワタ・・。
何もかもがオワタ・・。

面接先の最寄り駅のベンチで俺は一人うなだれていた。
彼女を失ったショックというか面接とも相まってプライドがズタボロだったからな。
2,3時間はいたと思う。完全に不審者。
そこに一通のメール。ユウからだった。
『合格通知!』
写メールと共に送られてきた。
何故か涙がこぼれてきた。
尊敬していると言ってくれるユウの方がよっぽど頑張っている、
難聴者というハンデをものともせずに頑張って自分の道を歩んでいる
羨ましい。そして妬ましい。
俺は無意識にユウに『電話』をしていた。

初めて掛ける電話。
「せんせ?」
声が聞こえてきた。
「てんわじゃわからないよ」
「おめでとう。本当におめでとう」
俺は聞こえるはずもない言葉を受話口に向けて話す。
「せんせ?どうしたの?」
ユウには無言電話なんだろう。
「せんせ?せんせ?」
その問いかけが俺を苛立たせた。
面と向かってじゃなきゃ話せないのかよ?
ふざけんな。
なんで俺の声が聞こえないんだよ!!!!
「せんせとこにいるの?」
「うるせええええええ!!!!!!!!!」
あまりにも理不尽。
そして俺は電話を切った。
もうこのまま電車に飛び込んで死のうかと思った。
マジで。
でもそんな勇気もない。
トボトボと俺は家に帰ることにした。

途中パチスロを打って帰った。
こんな日に限って当たるなw
連荘を重ねて五万勝ち。
風俗でも行くかと思ったが遅いし帰る。
電車に揺られて駅につく。
家に帰ってネトゲでもやろう。
適当にバイトして適当に過ごそう。
もう彼女もいない・・一生そんな感じでいいやと思っていた。
改札を抜け階段を下りる。
・・・。
・・・あのさ。
なんでかな・・。
なんでそこにいるのかな?w
どんだけ待ったんだよ?w
今何時だよw
「せんせ」
笑顔のユウがそこにいた。

「いつから?」
「たまたま」
嘘が下手。
「おそいから、かえれ」
「せんせ、げんきない?」
「うるさい」
わざと顔を近づけて言った。
「うるさくない、しんぱい」
ガキに心配される筋合いはない。
俺は無視して歩き出そうとした。
しかしユウが腕を掴んでくる。
振り払っても振り払っても掴んでくる。
うざい。
「はなせ!」
「せんせはなにもはなしてくれない!」
「話しても聞こえねーだろ!!」
ここ一番に力強く振り払う。

「いいか。俺はお前が抱いているような人間じゃない。いわば屑だ。
お前の方がよっぽど素晴らしいよ。耳が聞こえなくても健聴者と同じ。
いやそれ以上に輝かしい人生を送っている!
なにか?見下しているのか?馬鹿にしているのか?ああ?ふざけんなよ!」
聞こえないのを言いことに絶対言ってはいけないことを口に出してしまった。
困った顔をするユウ。
分かるわけない。こんな怒鳴ってもユウには届かない。
「ばーか!あーほ!どーじ!まぬけ!!!」
小学生みたいな煽り文句を浴びせた
俺は柱に頭を当てた。
もう最悪だ。サイアク・・。
その日は俺の涙腺も緩んでいたんだなー。
三度の自己嫌悪に泣けてきた。

「せんせ、ひとい」
驚いた?まさか聞こえていたのか?
同時に俺の背中に彼女の手が触れた。
背中で突きはねるがどかない。
「かおでわかるのよ」
ユウは言葉を続けた。
「せんせはいいにおい。むかしからこのにおいがすき」
匂い?タバコ臭いだけだ。
「せんせ、すき。たいすき」
ユウの体もぴったりとくっ付いてきた。

俺は咄嗟に振り返った。
驚いた表情を一瞬見せたがすぐに顔をしたに向けるユウ。
「ごめんなさい」
なんて謝る。
俺は携帯を取り出して打ち込んだ。
『好きってどういう意味だ?』
言い方が古いがラブかライクのどっちなんだと。
ユウも携帯を取り出して打ち込む。
『先生に彼女がいるのは分かってる。でも気持ちは伝えていいでしょ?』
『気持ちって?』
『先生の事がずっと好きなんだよって』
俺はユウを見た。
ユウは視線をどこに置いていいのか分からない様子。
「ごめんなさい」
俺の顔が強張っていたのかまた謝ってきた。
それが物凄く可愛かったのな。
もう無理だった。
俺もユウのことを無意識に好きになっていたのかもしれない。
それは今となっては分からないけれど。
俺はユウを抱きしめた。
ユウは体を一瞬震わせたがユウの手もゆっくりと俺の背中に回った。
「馬鹿だな、ユウちゃんは。こんな屑を好きになって」
聞こえないのをいいことに。
「せんせ」
ユウが力強く俺を抱きしめてきた。
「たいすき」
俺も強く抱きしめた。

ユウも大学生になり四月、五月と月日が流れていく。
でも例年のようにgdgdとはしなかった。
俺は身の丈にあった仕事を探しとにかく定職につこうと思った。
部屋も綺麗した。
身なりも正した。
タバコもギャンブルもやめた。
それは一重にユウがいたからだな。
彼女は大学に入ると同時に翻訳家についても学びだした。
いつも一生懸命で前向きな彼女を見ていると俺もしっかりしないとと自然と思うようになった。
ちょっと脱線するが実のとこと今のところ翻訳家にはなれていない。
需要のなさと、やはり障害者ってことで難しいようで。
でも俺は応援している。
得意だった絵を生かして絵本作家になれば?とも勧めている。
とにかく今でもユウは前向き、ポジティブだ。

んで7月。
年に数回の実家からの電話。
俺はその時ユウのことを言った。
「今度帰るとき彼女連れて行っていいかな?」
「あらーwもちろんよwどんな子かしらw」
「普通の子だよ」
「会社の人?」
ドキっとしたが冷静を保ち。
「いいや」
「写メくらい送りなさいよw」
母親は歳と反して携帯を使いこなす、よく写メを送ってくるんだw
「後でな、それと一つ知っていてほしいことがある」
「なに?w」
「彼女は耳が聞こえない?」
「え?」
一気にテンションの下がる母親。

「そういうこと」
「病気かなにか?」
「まぁ」
「障害者ってこと?」
「そんな言葉を使うな」
「連れてこないで」
「は?」
「お母さんは認めない。寄りによって障害者なんかと・・」
「おい、言葉が過ぎるぞ」
「とにかく家には連れてこないで」
自分の耳を疑った。
実の母親がそんなこと言うなんてと。
もちろんユウには話さなかった。
「今度俺の実家にいかないか?」と誘ったら喜んでいたからな。

そして八月の末・・俺はレンタカーを借りて
実家の会津若松に帰ることにした。もちろんユウを連れて。
運気ってのはあるのかもな。
仕事の方も、面接は上手くいき後は連絡待ちっていう具合にもなってた。
その流れに身を任せその日までに何度となく母親を説得した。
しかしメールは返ってこない。
ユウとの2ショットも送ったが返事はない。
このまま家に帰っても追い返されるだけかもと思ったが構わない。
その時は直接ガツンと言ってやろうと思った。
ユウとの約束が優先だしなと。
それに初ドライブでユウも満足げだったからそれで全てがおkだった。
しかし実家に近づくに連れて緊張。
最後のパーキングエリアで実家に電話。
休みだったので父親が出た。

「母さんは?」
「いるよ」
「もうすぐでそっちに着くから」
「え?そんなこと聞いてないぞ」
「末には帰るって言っただろ」
「そうか、(受話器を話して)おーい、男が帰ってくるってよー」
何かを話している。
「一人か?」
「いいや、彼女とだ」
「彼女と来るそうだー」
うるせーよ、親父w
「じゃあ気をつけてこいよ」
そう言うと切られた。
そして実家に到着。
チャイムを鳴らす。
出てきたのは地元で働く弟だった。

「おう」
「なんだよ彼女連れかよw」
そういう弟にユウはお辞儀をした。
「うるせー。早くいれろ」
「うーっす」
そして玄関に行くと親父が出てきた。
「おお、家に若い女の子がくるとは!!」
親父はしゃぎすぎだw
ユウはまたお辞儀をする。
奥で母親が覗いているのが分かった。
「母さん!!母さん!!」
親父が母親を呼ぶ。
渋々出てくる母親。
「ただいま」
母親は無表情のまま何も言わない。
「彼女のユウちゃんです」
玄関先に揃った家族に紹介をした。

「はじめまして。ユウといいます」
ずっと車の中で練習していた台詞。「ちゃんといえてる?」
って何度も尋ねてきた。発声なんて気にする必要ないのになw
「初めまして。男の父です」
なんかキリっとなりやがった親父w自重しるw
そして「お茶用意するからおいでおいでー」と父親と弟はリビング入っていく。
しかし母親は立ったまま。

「なんだよ」
俺と母親の間の空気を読んだのかユウが困った顔をする。
すると母親は手を前に持っていった。
手話だった。
『初めまして。私の名前は○○です。よろしくお願いします』
これを手話でやった。
このやろー。
俺は笑顔を堪え切れなかった。
あの時ほど母親に対して愛のこもった怒りを感じたことはなかった。
ユウの顔にも満面の笑みが零れた。
普段俺の前では滅多に使わない手話を母親に見せた。
『初めまして。ユウと言います。お邪魔します』
って。
靴を脱ぎあがる。
「練習したのか?」
母親に尋ねる。
「知っていただけ」
ツンデレをやるには歳が行き過ぎているだろw
でもこんな母親が大好きだ。

父親も弟も初めは驚いていたがすぐに慣れてくれた。
弟は空気を読まず「手話教えてw」なんて言っていたので張った押しておいた。
ユウもユウで簡単な手話を教えていた。
夕飯を食べ終えると弟は部屋に入り父親はビールを片手にだべってテレビを見ながら寝てた。
ユウは風呂に入っていた。
「ユウちゃん、いい子ね」
「ああ人一倍な」
「ごめんなさいね」
「気にするな。誰もが同じ反応する」
「結婚考えているの?」
「急になんだよw」
「あんたも30近いじゃない」
この時はまだ20後半になったばかりなのにw

「今では30過ぎても結婚してない人なんてザラだろ」
「支えてあげられるの?」
人の話聞いちゃいねー。
「分からない・・」
そこに風呂上りのユウが顔を出した。
母親の貸した寝巻きに身を包み頭をバスタオルで拭いている。
湯に漬かって満足げな表情。
俺は一息ついた。
そして手招きしてユウを傍に呼んだ。
ちょこんと座るユウ。
バスタオルの上から俺は彼女の頭を撫でた。
「母さん、前言撤回だ。何が何でも彼女を幸せにしたい」
母親は一度頷いて「お風呂」と言って去っていった。
ユウはキョトンとしていた。
そして俺の顔を見る。
「なんでもない」
「そっか」
「ゆっくりできた?」
「きもちよかった」
この笑顔を絶やしたくないんだわw

次の日にはもう帰ることにした。
まだ大学生のユウを連泊させることに気が引けた。
昼には出て観光をして帰った。
帰りの退屈な東北道。
隣にユウがいれば飽きなんてのはないがな。
「せんせ、しあわせものたね」
俺は運転しているので前も向かなくてはいけない。
だからなるべく大きき口を開けて話した。

「どうして?」
「すてきなかぞく」
「そうかな?」
「うん」
「ユウのおかあさんもいいひとだろ?」
「うん」
ちょっと無神経だった。
父親のいないユウ。兄弟のいないユウ。
『家族』が羨ましかったんだろう。
「ユウと出会えことも幸せの一つだ」
わざと見えないように喋った。
「なに?」
答えずに俺はユウの頭を撫でた。
片手運転だったけど構わない。混雑もしていなかったし。
何も言わずに撫でた。
ユウもそれ以上何も言わなかった。
しばらくするとユウの頭がすっと落ちる。
寝てしまったようだ。
俺は手をどけて前を見据える。
俺はこの子を幸せにする。
絶対にだ。

仕事は見事に内定を頂き今のところ落ち着いた。
そして今年の三月の末。
ユウは就職せずに翻訳家の道を目指すことになった。
ちょっと現実の冷たさを感じていて落ち込み気味だったユウを連れて散歩しがてら花見をしていた。
よく晴れた日だったな。
そしてユウの作ってきたサンドウィッチを食べるためにベンチで。
ヒラヒラと舞う桜が綺麗なところだった。
「せんせ、おいしい?」
「うまい」
無言で食べる。
「はい」
おお、お決まりのリンツw
「ありがとう」
包みを開け口に入れる。

「せんせ、さくらきれいね」
「だね」
「せんせ、さくらすき?」
「すきだよ」
「わたしも」
まじまじと桜を見るユウの横顔。
小学校の頃となんら変わりがないその愛くるしい笑顔。
見た目は本当に健聴者と変わらない。
でも耳が聞こえないと言うだけでこの子なりに苦労はしてきたんだろう。
小さな一人の生徒だった子がこんなにまで大人に成長した。
歳なのかなw
彼女の横顔を見ているだけで涙腺が緩んだ。

「せんせ?」
ユウが背中を擦ってきた。
「せんせ、たいじょぶ?」
「ごめん、ごめん」
ユウがハンカチを手渡してきた。
涙を拭きそれを返す。
ハンカチを受け取る小さな手、その手を握った。
「せんせ?」
「けっこんしよう」
「え?」
「けっこんしよう」
驚いた顔をしたと思ったのもつかの間、ユウが急に泣き出した。
初めて見るユウの涙。
「ユウ?」
もしかしてフラグ折れた?と思った。
うわー、まだ早かったかなって。
でもハンカチで涙を拭いたユウの顔は笑っていた。

「せんせ、わたしみみがきこえないのよ?」
馬鹿かと思った。
今更なんだよと。
「かんけいない」
「せんせにめいわくかける」
過去を思い返すってのは突然なんだな。
塾で最後の授業の日。
「迷惑だったでしょ?」と言われたのを思い出した。
「かけない。かけられたことなんて、ない!!」
俺は語尾を強くして言った。
「せんせ、いいの?」
俺はリンツの包みを取り出して小さく丸めた。
そしてユウの指にくるくると巻く。
「ゆびわ」
ユウの目からまた涙が零れる。
「けっこんしてください」
「うん・・、あっ」
ユウは首を振った。
「はい」
律儀な奴めw
桜の木の下で俺は彼女にプロポーズをした。

長々とすいませんでした。
こんなこと書きながらめっちゃ緊張しております。
まだ連絡がこないから何時に行くのか分からないけれど。
ちゃんと自分の気持ちを伝えにいこうと思ってます。

今でも「せんせ」と呼ぶねw
人前だと恥ずかしいけれど長年の呼び名だ、
直してほしいとは思わないw

七時だと。
急だな、おい。
行って来る。
深呼吸・・

チャリがパンクしていたのをすっかり忘れていた。
マジで焦って走った。
着いたのは7時15分ころ。
アパートの前でユウが待っていてくれた。
「せんせ」
俺は両手を合わせて謝る。
ユウは笑って首を振る。
「いこ」
そう言われて家に上がった。
リビングのテーブルには既に食事が用意されていた。
ユウは俺が今日なんのためにここに来るのか母親に言ったのだろうか。
そんな疑問を持ちながら食事をした。
想像できると思うが食事中は静か。
会話しながら食べるってのは中々難しい。
まぁ、時折言葉を挟むけどね。
それよりも緊張の方が上。
いつ言おうか。今か?嫌ちがう・・。今か?まだいいだろ。
の繰り返し。
そんなこんなで飯食い終わる。

片付けは一緒にした。
「男さんは座ってて」
と言われたが積極的動く。
好印象を最後の最後までもたせておかなければとセコイ話w
片付いたテーブルに紅茶とガラスのボールにリンツがたくさんw
親子揃って好きなようですw
ユウはその中でもホワイトしかとらない。
これがデフォ。いいよ、可愛いよ。
んで沈黙。
ユウがチラチラと俺を見る。
ここしかないと思った。
「お母さん」
母親はキョトンした表情を見せた。
俺は椅子から降りて正座をした。
すると呼んでもいないのにユウも俺の隣に正座した。
「お話があります」
ユウの母親も察したのかカップを置き椅子から降りて俺達の前に正座した。
今と思えばなかなかシュールな光景。
でもその時は接近したが故に緊張マックス。

「ユウさんと付き合いをさせていただいて月日が過ぎました。僕も今の仕事を順調にこなせています」
噛まずに・・噛まずに・・と心を落ち着かせる。
「今の僕ならユウさんを幸せに出来ると確信しています。ですから、
ユウさんをこれからも一生大事にさせてください。僕にユウさんを下さい」
下さいって言っちゃたよ・・と思いながら床に顔をつけた。
ユウもまた同じように床に顔をつける。
俺の言葉は分からなくても動作で判断したのだろう。
数秒間の沈黙。
「男さん、顔を上げてください」
俺は母親の言葉に顔をパッと上げる。
何故か浮かれない顔。
そしてため息をついてこう言った。
「私は後悔しています・・」

血の気が引いた。
おいおい・・。
99パーセント即答でおkだと思っていた。
自惚れちゃダメなのか・・やはり。
母親は言葉を続けた。
「私は後悔しています。男さんのような人の伴侶が私の娘であることを」
「え?」
「もっと素晴らしい女性がいます。娘は障害者。
そしてずっとあなたを愛し続けていたとも彼女の口から聞きました」
母親の口から「障害者」だと?
耳を疑ったが黙って聞く。

「自分を押し殺してはいませんか?何か変な使命感に駆られて娘を
大事にしていかなければと思ってはいませんか?」
こんな母親だったか?
「そうだとしたら私は後悔してもしきれません。あなたの人生を狭めてしまったと」
何を言っているだ?
俺は少し憤っていた。
「どうですか?」
俺は唇を噛んだ。
そして隣のユウを見る。
聞き取れなくてユウは不安げな表情をしていた。
そんなことはない。
心配するな。
俺は心からユウと結婚したい。

「お母さん、あなたの言っていることは全部被害妄想です。僕の気持ちに嘘偽りは一切ありません。彼女を幸せにしたい。ここでお母さんに断られても何度でも頼みに来ます」
俺は母親の目を見てそう言った。
「俺にとってのユウさんは誰よりも愛おしい女性です。
こんなに素晴らしい女性に育てたお母さんを僕は心から尊敬します。
ですから、後悔なんかしないでください」
すると母親は目を逸らして顔を後ろに向けた。
体が震えていた。
ユウがすぐに母親の元に駆け寄る。
「大丈夫」とユウに言うと俺の方を向いた。
「ごめんなさいね」
母親は姿勢を正した。
「自分の娘を障害者なんて初めて口にしてしまった・・」
「・・・」
「男さんの本音が聞きたくて。ごめんなさい・・」
そういうことか。

安心した。そしたら自然と堅くなった俺の表情も緩ませることが出来た。
「おかあさん、僕はダメ人間かもしれません。
でも絶対にユウさんだけは幸せにします。どうか見守ってください」
母親は涙で声にならず頷くだけだった。
ユウが困った笑顔を見せながら俺の隣に再び座った。
「おかあさん」
母親がユウを向く。

「わたしをうんでくれてありがとう。わたしをそたててくれてありがとう。
これからもたくさんありがとうをいわせてくたさい」
ユウは俺の手を取った。
「これからは○○さんといっしょにあゆんていきます」
俺の名前がユウの口から出るのは久しぶりだった。
俺も強く握り返した。
「お母さん、よろしくお願いいたします」
床の音がなるくらい俺は思い切り頭を当てた。
「ユウをお願いします」
涙ながらの母親の声に俺も泣きそうになった。

帰り。
ユウは下まで送ってくれた。
「せんせ、きょうはありがとう」
「こちらこそ」
じゃあなと言って帰ろうとした。
すると「まって」と言われた。
「せんせ、おぼえてる?」
ユウはジーンズのポケットから写真を取り出した。
少し色あせたその写真は紛れもない塾で撮ったものだった。
写真の中の二人は『若かった』。
「たからもの」
ユウが笑う。
俺はユウを抱きしめた。
彼女と出会ってから長い月日が経った。
変わったのは歳か。
程度や種類の違いはあるにせよ彼女を愛おしく思う気持ちは塾の頃から変わらない。
俺はユウが大好きです。
絶対に泣かせたりはしません。

皆様・・長々とありがとうございました。

俺のレスはこれで終わりにする。

難聴者ってのも色々いるのは事実だ。
発声が出来るユウは恵まれている方なわけだ。
それでも初めて会う人だと違和感、それ以上に不快感を覚える人もいる。
でも何かを伝えようと思う気持ちは人間誰もが持っている。
口じゃなければ目、手、体・・どこでも伝えられる。
伝え方じゃなくて何を伝えるかだとユウと出会って学んだ。
このvipってのもそうだな。
色んな思いがあるわけだ。

って偉そうなことはここまでで去るw

まとめサイトとか映画化とか映像化とか言っているけどそれに俺は口出ししない。
vipに載せている時点で何も言えないしな。
まぁ、億が一にも映画化されたらこっそりと見に行くがw
でも絶対にユウを『障害者』として捉えてはほしくない。
ユウはユウだ。

んじゃ、マジでさいなら。ノシ

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