駅の南口で8時30分まで待つ。来てくれたら逃げるためのお金も貸す。私たちができるのはこれだけ。

プチ修羅場?かな。

私子 当時30才 アクセ系のハンクラー
彼氏もちだったけど彼氏は今回関係ない。

A子 当時30才 布系ハンクラー 男前な性格。
彼氏なしだったけどそれは今回関係ない。

S男 パフォーマンス集団のリーダー
20代後半くらい。

M美 S男の奥さん 20代前半くらい。

数年前のこと。
アートや手作り系のイベントで、
私は昔からの友人でハンクラ仲間のA子と2人で
それぞれ得意なものを持ち寄って売っていた。
2人ともけっこう手の込んだものを持ち寄り、
ほどほどに売れて、買ってくれた人とおしゃべりなんかして
楽しい時間を過ごした。

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2日連チャンだったので隣のブースの人たちと仲良くなった。
その人たちは10人くらいのグループで、
中央の舞台を使ってパフォーマンスをするのが
一番の目的だったらしい。
ブースは荷物置き場と休憩所で、ついでのように
自分たちのグループのロゴ入りハンカチとか
Tシャツとかポストカードとか販売してた。
リーダーのS男さんがモデルになったポストカードなんかもあって、
ちょっとナルシーな感じだけど、
正直かっこいい出来だったので、けっこう売れてた。
固定ファンがいるらしかった。

このS男さん、既婚者で奥さんM美さんが
手伝いにきてた。
ちょっとやせてたけど、化粧バッチシの美人さん。

「化粧とったら別人なんだぜ、こいつ」
「そう言うことは言わないの」
「オー怖い怖い。きっと家でものすごく叱られるんだろうな、俺」

S男さんはイケメンだし、人なつっこい笑顔で、
ノリもよくて、話題も豊富。
パフォーマンス集団のリーダーってこういう人じゃなきゃ
つとまらないよなーと、思えるくらいカリスマ性ってのがあった。

かたやM美さんは、カリスマリーダを支える妻って感じで、
何だかんだと亭主関白っぽいS男さんの言うことに
一切逆らわず、店番からグループの人たちへの
お茶出しやお弁当の買い出しといった雑用、
1人で全部やってて、ファンの女の子からの
イヤミッぽい言動にもずっとニコニコしてるの。

A子「彼氏はいらんからM美さん嫁にほしいなー」
私子「あきらめなさい。人妻ですから」

なんてことA子と話してた。

で、2日目のパフォーマンスが始まる少し前に、
S男さんの衣装が破けちゃったんだ。
自分で無理な着方をしてビリッとね、いっちゃった。
もともとやわい作りだったみたいで、けっこうハデで目立つ。

「やべ!どうすんだよ」
「M美!何とかしろ!

想定外のことだったのか少し切れ気味のS男さんにM美さん、
おろおろしちゃって涙目になっていたから

「このくらいであわてんな!取り合えず目立たなく
すりゃいいんでしょ!」

布系ハンクラーのA子が、
お道具箱出してささっと応急的に直してあげた。
直しきれなかったところは私のアクセサリーで
ごまかしたりして、無事パフォーマンス終了。

「ホントありがとう!これから打ち上げするんだけど、
お礼に食事おごるから来てよ」

いやいやとんでもないと、2人して固持したんだが、
恩返ししたいからお願いします!って何度も頭下げられて
S男さんの強い押しとノリで丸め込まれて、
駅の近くの居酒屋へ。

3500円のコースで飲み放題。

「S男さん亭主関白っぶってるけど、
ホントは尻に敷かれてるんですよ」

「ファンの子に言い寄られても、M美がいるからって、
キッパリ断っちゃうんだから」

「もったいないよなー。俺だったらぜってー浮気してるわ」

この人たちはもともとは大学の演劇部のつながりで、
だいたいがS男さんの後輩らしかった。
後輩からも慕われてて、M美さんともラブラブで、
いいですねーって感じ。

「私子さん、彼氏いるんですよね。A子さんは?」

「いないけど、無理ッす」

「なんでー」

「仕事と趣味一筋なんで!彼氏に時間さけんのよ。
それに年下イヤ!」

半分が現役学生で、半分が卒業して1,2年って感じだったから、
5才以上年下ばっか。相手にならんって最初に
断言したことで色恋の話抜きの、
雑談でワイワイしてけっこう楽しかった。

「みんなアリガトー!今日は俺のおごりだよー」

「やったー!」

「S男さん、いつもありがとうございます!
ゴチになります!」

「好きな酒のんでいいぞ。コースじゃないものも頼んでいいからな」

「うおー、明日の分まで食いまくるぞー!」

気前いいなー。大変だねー先輩はーと思っていた
私の袖をツンツンしたA子。

「トイレ、付き合って」

連れションってタイプでもないのに、何だ?とついて行くと、
トイレぬけて中庭ぽい所へ。

「あたし、年下におごられるの、やなんだよねー。
こういうノリもあんま好きじゃないし。
でもあたしだけ払ってもう帰るって言うと
私子困るかなーと思って」

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「いいよ、べつに。私もおごってもらうほどのことしてないから。
すっきり払ってもうバイバイしよう」

なんてことを小声で話してたら、
こっちに向かってるS男さんと
M美さんの声が聞こえた。

>何かS男さんが怒っているような感じで

(!! 夫婦喧嘩? まずいところに遭遇した??)

とA子と顔を見合わせて、
中庭を通り抜けた反対側の通路(他の部屋に続いてる)に
入り込んで隠れた。

「お願い、もう無理だから…。今日おごったら、
衣装代や道具代払えないよ」

「黙ってろ!こんなとこでグダグダ言うんじゃねぇ。
他の奴に聞かれたらどうするんだ!くそ女が!」

それまでの人なつっこいS男とは別人の声に、
私らの頭もついていけなかった。

「あのババアどもに奢ることになったのも
おまえが能なしなせいだろ!能なし女の分際で、
男に逆らうんじゃねぇよ!」

いやいや、衣装破ったの自分のせいだし、
あんなにしつこく誘ったの自分なのに私ら
ばばあ扱いですか?

「でも…」

「うるせー!」

この後ボスって音がして、
ちょっとしてM美さんのうめき声かしたから
私とA子が飛び出した。

S男はもう居なくて、お腹押さえてうずくまってる
M美さんだけがいた。

「ちょっと、M美さん大丈夫?」

「あいつが殴ったの??」

許せんと追っかけようとしたA子をM美さんが止めた。

「いや、やめて。私、大丈夫だから…」
「大丈夫じゃないじゃん!」
「やめて!本当にやめて!あの人のメンツを
つぶすようなことしたら、私殺される」

何かガタガタ震えてて、マジやばい感じで
私の方もどうしていいのかわからず、
オロオロしてた。

「殺されるんだったら、なおのこと逃げた方がいいよ」
「逃げられるわけない…。お金…ないもの。
それに、みんなも、あの人のこと信用してるから…、
言うことなら何でも聞くから…、怖い…」

S男の表の顔と裏の顔、確かに私らもマジでわからなかったし、
演技力ならバッチシだろうから、
S男に手名付けられている男どもがいる場所で
ことを大げさにしていいことはないと判断。

「私らは挨拶してもう帰る。
M美さんは裏口からでて駅の南口で待ってて」

「でも、でも、私…」

「結婚してるのならいろいろ面倒な手続きあると
思うけど、完全にDVだよ。逃げて離婚するのはありだと思う」

「結婚なんてしてない…。
私みたいなクズとは結婚なんてしたくないって…」

ここで初めて、2人が単なる同棲相手だったと判明。

「じゃあ、逃げちゃえばそれまでじゃん!」

M美さんはでもでも言っていたけど、
私らはババア扱いしたくそ男といっしょにいるのは
ゴメンだった。

「もう一度言う。私らは挨拶してもう帰る。
○○駅の南口で8時30分まで待つ。
来てくれたら逃げるためのお金も貸す。
私たちができるのはこれだけ。
チャンス無視するのならこれでバイバイ」

A子はキッパリ言い切って私を連れて席に戻った。

「どこ行っていたんですか?」

と席に戻った途端、S男が聞いてきた。
M美さんのいた方向から私らが来たからだと思う。
ニコニコしてたけど、裏の顔を知った私は
もうびびって笑顔引きつっていたんじゃないかな。

「おトイレ。さっきそこでM美さんにあったけど、
ちょっと気分悪いみたいで、少ししたら
戻りますからって言ってたよ」

A子が先手を打ってサラサラっとごまかしてくれた。
A子は昔から度胸がある子だったけど、
改めてスゲーと思った瞬間。

「私らもう帰るわ。明日仕事だし」
「じゃあ、連絡先教えてくださいよ」
「いいよ、メールでいい?」

A子がパソコンの捨てメール書いたから、
私もおなじく、捨てメール教えた。

「じゃ、今日はごちそうさまでしたー」

奢られるのはイヤだったけど、
とにかく早くここから出たかったから
にっこり笑ってバイバイ。

出た瞬間に、逃げるように駅に向かった。
この時点で8時だったから、約束の時間まで30分。

 
南口は居酒屋のあった場所からは
反対方向だったけど
 
「M美さん来るかな」 
 
「来なければそれまでだよ。
逃げる手伝いはしてあげるけど強制はできない」 
 
なんて話してたら、
M美さんがすでにそこにいた。
 
A子に言われてこれが逃げ出す最後のチャンスだと
思ったら、もう我慢できなくてあのまま店を
飛び出してきたらしい。 
ボロボロ泣いてて、ごめんなさい、
迷惑かけてごめんなさいって言ってたけど、
そんなん無視してすぐに電車に乗った。 
私らもS男たちが追いかけてくるのが一番怖かったし、
とにかくその場から離れたかった。 
 
わざといくつも乗り換えして、
私ともA子とも関係のない駅でいったん降りて、
カラオケボックスに入った。 
 
M美さんは泣いているか、
呆然としているかのどちらかで、
そんな中でいろいろ聞き出してわかったことは、
M美さんは高校卒業と同時に田舎から
出てきて1人暮らししてて専門学校に通い就職。 
仕事先でS男と知り合い、恋愛を経て同棲へ。
これが2年前のこと。 
恋愛当時からモラハラちっくなことを
されてたけどベタぼれ状態だからまったくわからず、
同棲と同時にS男の裏の顔が全開になってDVも全開、
初めてどういう男かを思い知った。 
でもその時点で、給料全部取られても逆らえない
関係になっていた。 
とにかく外面がよく、自分のメンツを守ることが第一で、
そのメンツを支えるためにM美さんは仕事の
他にバイトを掛け持ちしてお金を作った。 
結婚したってことにしてあったのも、
ある時、金に困って結婚祝い金を集めようと
S男が思いついたから。 
披露宴はM美さんの親に反対されているという
理由で入籍&友人(すべてS男関係)
のみの飲み会だけという形にしてある。
聞けば聞くほどメッキを塗りたくったクソ男だった。
 
 
警察はどうしてもイヤとM美さんが尻込みしたのと、
S男は跡がつくような殴り方はしなかったため、
信じてもらえるかというと私たちも??? 
M美さんはとにかく田舎に帰りたいと言い張った。 
デザイン関係の仕事に就きたくて、
親の反対を押し切って飛び出すように出てきたから、
実家に帰れなかった。 
親にたまに連絡しても、仕事も恋愛も順調でもうすぐ結婚するし、
幸せだと嘘をついていた。 
お金をすべてS男に取られて、
帰りたくても帰れなかった。 
 
帰りたい帰りたいと子どもみたいに泣き出したんで、
A子が決断。 
 
「じゃあすぐに帰れ。今から4万渡す。
これだけあれば今日中にいけるとこまで言って、
ジネスに泊まっても帰り着けるはず」 
 
ふらふらのM美さんを引きずるようにして
駅に連れて行き、実家方面への切符を買って、
お金を渡して電車に乗せた。 
M美さん、電車の中からずっと私たちにぺこぺこと頭下げ続けた。 
 
私たちも見送ってしばらくぼーっとしてたんだけど
 
「私子、ゴメン、2000円かして。
有り金全部わたしちゃったよ」 
 
売り上げも込みで全部渡したA子の
男っぷりの良さに惚れそうになった。 
 
「いやいや、今回のことは割り勘にしとこう」
 
2万円渡して
 
「これは何だったんだろう」
 
と話ながら興奮状態のまま私らは帰った。
 
翌日私らの捨てメールにS男から
 
「M美がいなくなった。知らないか?」
 
って内容のメールが届いていたけどA子と相談して
 
「えーどうして?大変じゃないですか。
早く警察に捜索願いだした方がいいですよ」
 
と送った。 
返事はなかった。 
 
自分のやっていることを自覚してるのなら、
警察に捜索願出せないだろうな。 
ただの結婚したって嘘ついて金集めまでしてるだし、
自分の方がホコリありまくりなんだから。 
 
そのイベントにはそれから出るのをやめた。 
翌年、私は彼氏と結婚したし、
A子も仕事が忙しくなって時間が取れなくなったってのも
あるけど、S男とまた会ったらどうしようってのが一番の理由だった。 
S男のパフォーマンス集団はその後1年くらいで
サイトを閉鎖してしまったから、多分つぶれたんだろうな。
S男はフリーターだったそうだし資金源だった
M美さんが消えたら後輩に奢りまくるなんてできるわけもなし。
メッキがバリバリはがれたんだろう。 
 
M美さんのその後もわからない。 
幸せになってるといいな。 
 
先日、A子の結婚が決まって久しぶりに
会って飲んだときにこの話をして思い出したんで書いてみた。 
逃走の手助けしただけで修羅場というほどの修羅場じゃないけど、
ごめん。
 
 
連絡先は交換しなかった。 
M美さんがお金を返すために連絡先知りたいって
言ったんだけど、A子が断った。 
 
「M美さんが共依存でS男のとこに戻ったりしたら、
逆恨みでS男から攻撃がくるかもしれない。
だから私らはあなたに情報を教えないし、
私も聞かない。金はいいから逃げ切れ」
 
こういう判断力はA子が断然上だから、私も従いました。
 
 

 

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