俺はルールも知らないのに無理やり会社の野球部に入れられた
ルールはもちろん、野球に興味すらなかった

昼休みや毎週水曜日の定時の日には必ず近場のグラウンドで練習があった
第2、第4の日曜日にも
俺はこれが憂鬱でたまらなかった
何度も退部希望したが先輩が許してくれなかった
(先輩のコネで入れた会社だったから)

そんなある日、練習試合があった
相手はM県Y商業高校のソフトボールのOGチーム
ウチの会社の女子社員のM谷さんの所属しているチームだった
嫁と出会った記念日だった

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嫁は背は145センチと小柄ながらピッチャーしていた
村主章枝を美化した感じの美人で、
それでいて可愛らしい笑顔が印象的だった
だが俺は一球も打ち返すことができず
ダサイとこしか見せられなかった

その時から俺は一目惚れしたんだろうな
毎日ずっと嫁のことばかり考えるようになった
気がついたら好きでもなかった野球の練習に励むようになった
また嫁チームと試合できる、また会えると思い込んで

しかしその願いはなかなか巡ってこなかった
諦めていた頃に地銀のチームと試合が決まった
頑張るけどウチは弱小チーム。相手から完全に舐められて
わざと満塁にされては3outでチェンジ
点数も相手は「1点あれば十分」
と次の試合に向けての休憩と語っていた

悔しかったが実力の差は認めざる負えなかった
7回まわった頃にM谷さんが応援に来てくれた
そう、Y商業高校OGチーム数人連れてきていた
そこに嫁がいるのを確認した俺は張り切った

前回カッコ悪いところしか見せられなかったので
今度こそと思いバッターボックスに立った
バッチング練習のおかげか、相手が舐めきった送球したのか
俺は生まれて初めて打つことができた、しかもグランドスラム
俺チームは盛り上がった。応援も盛り上がった
俺は天に高々と拳を上げ、ホームベースを踏んだ

俺は感極まって、ウイニングタッチして回っていて気がついたら
嫁に「好きです、結婚してください」と順番飛び抜かした告白していた

嫁はしばらく黙り込んで、顔を真っ赤にして
「はい、お願いします」と返事くれた

後からM谷さんに聞いたんだけど、
嫁は最初の練習試合で
初心者なのに頑張る俺の姿が可愛くて気になっていたらしい

それから俺会社チームと嫁OGチームが合同で練習するようになった
合同といってもこっちは野球で相手はソフトボール
基礎体力練習ばかりだったけどね
練習終わった帰りには必ず2人で食事に行ったりデートを重ねた

交際して1年後に給料の3ヶ月分をわたしてプロポーズ
嫁は泣きながら抱きついてきて「よろしくお願いします」と

嫁両親に挨拶に行った時には緊張して
鹿児島弁がモロに出て笑われてしまった
嫁父から「将来は鹿児島に帰るのか」と聞かれ
俺「私の(親の前だからか)帰る場所はT子(嫁)さんです。
その覚悟で結婚申し込みました」
(実際には吃りながらだったのでカッコ悪い返事だった)

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嫁父は「まだまだ世間知らずだが、
24年間大事に育ててきた娘だ、幸せにしろとは言わないが
ただ大事にしてやってくれ」と泣きながら言ってくれた
俺も「絶対大事にします!」と泣きながら叫ぶように応えた

結納済ませ、挙式も終わり初めて嫁と結ばれた
(交際中はキスまででそれ以上はしていない)
俺も嫁も初めてで大変だったのは良い思い出

2年後には息子も生まれ、4年後には娘も生まれた
時折家族で鹿児島に帰省したり幸せな日々が続いた
息子も結婚し孫もできた。娘が彼氏を連れてきて
彼氏「娘さんを下さい」と土下座してきたときに
俺は嫁父と同じセリフを泣きながら言った。

これで親としての責任は果たせた。
これからは余生を嫁と2人でと思っていた頃に
嫁が倒れた。病院で検査して俺だけ医者に呼ばれた
嫁はすい臓がんで余命半年もないと言われた。俺は思わず医者に
「何かの間違いでは?ほかの患者さんと間違ってないか?」
と失礼ながら責め立ててしまった

医者が言うには、
「倒れるまで症状が出るというのは、
ずっと痛みを我慢していた
奥さんは今の幸せに水を差したくなかったんだろう。
その奥さんの優しさに、
せめて余生を一緒に過ごしてください」と

俺は病室で寝ている嫁を見て泣いた
なぜもっと早くわかってやれなかったのか、自分を責めた
どんなに泣いても、悔やんでも取り返しのつかない

俺はわずかな希望でもできる限りの
治療を施すよう医者に相談した
費用も家を売って作った
俺の財産は全て売り払い嫁のために使った

そのおかげか嫁は娘の結婚式に出れた
車椅子だったが娘の晴れ姿を見て嫁は笑っていた
娘を送り出し、家に戻ると嫁はある書類を出してきた
それは10年以上前からかけていた嫁の生命保険

嫁「あなたに無理させてごめんね。
これ私が逝ったら必ず受け取ってね
そして子供達、孫たちをよろしくお願いします」と
俺はただ嫁を抱きしめた
嫁も抱き返してきたが、その力はか細くひ弱だった
俺「俺こ不器用でそごめんな、
今度生まれ変わってもお前と一緒になりたい」
そう言うと嫁は声をころして泣いていた

それから1ヶ月後に嫁は天へと旅立った
葬儀は俺会社やY商業高校OGたちも来ていた
M谷さんも来ていて
「T子ね、俺くんが初恋だったんだよ。
T子本当に幸せだったね」と今更ながらの事をきいた
それまで我慢していたものが一気に溢れてきた
大人げもなく大声で号泣した

嫁が旅立ってから3年
7月22日、嫁の命日
嫁と出会ったグラウンドで若い人たちが野球をしていた
中にはカップルだと思われる人もいた

ああ、全てがなつかしい
あの時の嫁の笑顔が瞼に蘇る

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