ウチのママンの話。
母は和裁が趣味で、私と妹の浴衣も縫ってくれたし、
時々母の友人の着物も格安で縫っていた。
いくらで引き受けていたのか知らないけれど,
母曰く「仕事でやってるわけじゃないからあまりたくさんお金は頂けない」
と、気持ち分だけ頂いていたようだ。
と、ある頃から、母のトメが反物を持ってきて
「誰それさんの着物を縫って欲しい」と母に頼むようになった。
母とは日頃からあまり折り合いの良くないトメだった事,
また田舎だったこともあって、まあ仕方ないわね、
という感じでそれを受けていた母だったのだが、
ある時,母は地区の中でその着物を依頼した人に出会った。
その時に、
「○○さん(←母の名)すみませんねぇ、あんなにお安く着物を縫って頂いて」
とお礼を言われて、母は一瞬「え?」と思ったそうだ。
と言うのも,母は一円も縫い賃をもらった事が無かったからだ。
さすがに(田舎なので)世間体もあって、
「私、もらってません」とは言えなかった母が、
そことなく調べてみると、どうやらトメが「着物なら、
ウチのヨメに頼めば安く縫ってくれるから」と触れ回っていたらしく、
依頼がある度に、モノによって5000〜10000円の縫い賃を直接もらっていたそうだ。
和服なので、そうしょっちゅう依頼があるわけではなかったけれど、
トメのその図々しさに,さすがにそれまでおとなしかった母も激怒。
それから母の逆襲が始まったのである。
母はまず押入れにしまいこんでいた朱ざやの槍を持ち出すと、
二、三度つよく扱き、
最後に感触を確かめるようにゆっくりと先からシリまで扱いた。
「娘よ。母は今より一介の鬼となります。
今生の別れになりますが強く生きることを望みます」
と言って、大きく床を踏み跳躍。
ひと跳びで玄関まで行き、さっと靴を履くと
フン!と気合を入れてドアを吹き飛ばした。
さすがに母は,一つ屋根の下の事だから
できれば穏便に済ませたい,と考えていたようなのだけど、
最初はトメに「縫い賃を頂いたそうですが・・・」と尋ねてみたところ、途端にトメは、
「私が頼まれてあげてるからアンタが楽しめるんだろ!」と逆ギレ。
そこで母は週二回、車で15分ぐらいのところにある和裁教室に通うようになった。
プロの手ほどきを受けて腕を磨き始めた。
しばらく通ってから、母の幼馴染みの経営している呉服屋に頼んで、
縫い子の仕事をまわしてもらえるようにしてもらった。
母は農業をやっているので、その呉服屋さんも
母の負担にならない程度に仕事を依頼してくれたそうだ。
その間も、トメ経由で着物を頼まれる事が時々あったのだが、
その度に直接依頼主に
「今回はお引き受けしますけど、今は仕事でやっておりますので・・・」
という内容の事を平身低頭で詫びていた。
それを聞いたトメは「私に恥をかかせて!」
と大ギレしたのだが、さすがに見かねた父に止められて、
しぶしぶ黙り込んでしまった。
私の成人式の時には、その呉服屋さんが格安で反物を譲ってくれて,
母がそれを振袖に仕立ててくれた。
振袖姿の私の前で「あの時は大変だったんよ〜〜」と苦笑いする母。
成人式のニュースを見るたびに思い出す。
ママンありがとう。