「迷惑をかけてごめん。 本当はあんたが心配でまだ死にきれない」 と言っていた母は私を置いてあっけなくいってしまった

なれそめは、情けないんだけど
気遣いが温かくてうれしかったから。

当時収入も安定していなくて、
何とかして今の状況を変えたいと思ってた。
なのに足掻いては上手く行かずの繰り返しで
先も見えず落ち込んでばかりだった。

受けてた採用試験が二次試験で不合格になった日。
突然何もする気が起きなくなってしまって、
寒風のせいか虚しさのせいか
鼻水すすりながら駅で佇んでいたとき
偶然、講師のアルバイトをしていたときの仲間だった
2つ上の先輩を見た。

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駅で知人を見かけることはそれまでにもあったけど、
気づいてもなかなか話しかけられない性格だったのと
先輩もきっと、私のことなんて
忘れているだろうという気持ちで
素知らぬふりをしてしまった。

でも目があったときこっちに向かってきた先輩に
「私子さん?やっぱりそうだ、お久し振り」と
変わらない笑顔で話しかけられた。

久し振りに人に会うと、
だいたいが今何しているか近況の話になるので
失礼ながら、心境的に気が重いなと感じていた。
卑屈になっていたのもあると思う。
そんな自分も嫌だった。

先輩は今なにをしているかとは聞いてこず、
私も聞かなかったのでたわいのない話をした。

「変わってない、でもちょっと大人っぽくなった」
と笑われたあと
「どれがいいと思う?」と自販機の前で聞かれた。

昔、先輩がたまに飲んでいたコーヒーを指さしてみた。
帰りに「あげる」とコーヒーを渡され、
「風邪早く治るといいね」と言われて別れた。
家に着いてからもコーヒーがまだほんのり温かくて、
飲んでいたら涙が出た。

2年経ったころには全く関係のない職に就き、
働きながら母の療養費と生活費を工面する日々で
あっというまに時間が過ぎて行った。
そして
「迷惑をかけてごめん。
本当はあんたが心配でまだ死にきれない」
と言っていた母は私を置いてあっけなくいってしまった。

ようやく母の遺品整理や名義の解約などする気になり、
電話で手続きをすすめていたころ。
そのうちの一つのある会社で
電話担当をしてくれた人の声が聞き慣れた声で、
それが先輩だったことはあとで知った。

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私が携帯を変え変更の知らせをしたとき、
久し振りに先輩とその話をしたのが事のはじまり。
以来、ひきこもり気味になっていた私をよく連れ出しては、
ただ一緒に話をして遊びに付き合ってくれていた人だった。

その年の瀬、急に物悲しくなり
「親孝行出来なくて後悔してる。
話しておきたいこともまだあったのに」と
先輩にこぼしてしまい、
せっかく誘ってもらったのに
重い話して弱音をはいて最悪だ・・・と
自己嫌悪に陥り平謝りしていたら

「謝らなくていいのに謝るところが
バイトの時と変わっていない」と笑い
「私子さんがそう思ってしまっているなら
お土産話は今からでもたくさん用意できると思うよ」
と言葉をかけてくれた。

それからも先輩は変わりなく、
私が元気になってからも傍に居てくれ、
気が付けば交際していた。

当時は私が情けない姿でいるときに
どうしてこの人は、ぽっと現れて
やさしくしていくのだろうと思っていたけど
人に心の内を明かしたり、
感情を表に出すことが苦手だった私にとっては
間違いなく救いだった。

多分先輩の支えがなければ一人でかかえこんで
どこかで心がぽきりと折れていただろうし、
今の自分もなかったと思う。

今はおなかもまるくなって、
私との話の途中に振り返れば
居間でイビキをかいている人だけど
感謝の気持ちは今もかわっていない。

その先輩が今の夫。

私が頼りないせいもあったんでしょうが
ずっと心配性の母だったので
安心してくれていたらと願うばかりです。

恩送りとは少し違うけど
恩返しが巡り巡って、ってきっとありますね。
それがいつか恩返したかった人に届く、
心に沁みました。

自分のを読み返し気づいたのですが
丸くなったというのは、夫のほうなのですw
たしかにこれじゃ私がおめでたのような書き方だ(笑

夫似のよく寝る我が子は
ようやく最近歯が生えてきたところであります。

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