ずっと可愛がってくれたおばさんが肺がんに。おばさんは根性でおじさんの誕生日まで生きた

ずっと子供がいなかったおじさん夫婦。
俺と兄貴のことをすげー可愛がってくれてた。
2人は名前にくんづけちゃんづけで呼びあってて、
夫婦ってよりカップルって感じだった。
奥さんは肺ガンで、手術して肺が片方なかった。
もう転移しててどうにもできない状態だったらしい。
煙草も吸わない、運動神経抜群の綺麗な人だったのに、
どんどん悪化して、ベッドで寝たきりに。

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その当時兄貴17歳、俺14歳。手伝いに行く母親について、
俺と兄貴はおじさんのところに頻繁に遊びに行くようになった。
おばさんはほとんど喋れなくなってたけど、弱く笑ったりの反応はできる。
面白い話題とかいっぱい探して、2人で一方的に喋った。
料理できないおじさんと、修行だって言って3人でハンバーグ作ったり…
キッチンは居間にあって、すぐそばにおばさんのベッドがあるから、
でっかいみじん切りになっちゃったタマネギとか見て、
ふふーって笑ってくれるのが嬉しかった。

ある日、いきなり母親が
「カツラだ、とか、オムツだ、なんてバカにしたりしたらダメだからね」って言った。
バカになんかするわけないじゃん…何でそんなこと言うんだよ…って思った途端、
涙が出ちゃって、
「あんまし身体洗えねぇからなぁ」って、
ばあちゃんがおばさんのベッドの横に置いた消臭剤を見て、
さらに泣いた。
悲しいのとムカつくのとで何故か涙が止まらなかった。
おばさんがベッドの上で「どーしたのー」って言ってくれて、
ああ大好きなのになぁと思ってまた泣いた。
おばさんの枕元に顔おしつけて、細くなった手で撫でられて泣いた。

おばさんはもう何も食べれなくなっちゃって、
口が渇くからってたまに氷をなめてた。
兄貴が、あの、ブロックアイスっての?氷のアイスあるじゃん、

「あれのブドウ味とかを買って来てあげれば味がついてるから
ただの氷よりおいしいだろうな」

って言ってさ。
今は種類も豊富でコンビニ行けば手に入るけど、
フルーツ味のってその頃珍しかったのね。

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兄貴が免許とりたてのバイクで遠くまで買いに行ってくれた。アイスは腐んないから、とかって
やけにいっぱい買ってきたから、2人で一個ずつ食べた。うめーな、明日持って行こうな、って。

次の日はおじさんの誕生日だった。
朝起きたら「おばさんが昨日の夜亡くなった」と母親に言われた。
ほとんど立てないし歩けないのに、
夜の1時すぎぐらいにおじさんに「起こして」って頼んで、
ソファで2人で座って手をつないで少し話して、
おじさんによりかかってそのまま……だったらしい。
後日、葬式が終わってメシが出された頃、
親戚一同がそのことについて話してた。
「奇跡みてぇな話だあなぁ」ってばあちゃんが言って、みんなが頷いてて。

奇跡とかじゃなくてさあ、
おばさんは根性でおじさんの誕生日まで生きたんだろう?
お前らなんなんだよ、って、
理由もよく分かんないけどもうその場にいたくなくて
兄貴と2人で外に出た。真夏なのに黒服だからジリジリ暑くて、ムカムカして。

車の横でおじさんが一人で煙草吸ってた。
泣いてなかった。俺たちを見るなり
「ありがとなぁ、疲れただろ。もうあとはいいからお前らは帰っちゃおうな」
って言って俺と兄貴を一足先に車で家まで送ってくれた。

とうぜん母親も親父もまだ式場だから、
締め切ってたムシムシする家の中で俺と兄貴はふたりきり。
兄貴が冷凍庫からブドウ味の氷アイスを2つ出して、
「喉乾いたし、食うべ」って言った。無言で座って食べてたら
なんかフェヒッ、ヒッ、みたいな変な音が聞こえて、
ふと横を見たら兄貴が泣いてた。

葬式では泣いてなかった、
俺から見たらすげえ大人な兄貴が顔ぐしゃぐしゃにして泣いてる。
なんか俺までめちゃくちゃ悲しくなって、嗚咽が響いて、
2人で泣いた。
しゃくりあげるからブドウアイスなんかもう飲み込めなくて、
おじさんはもっともっと悲しくて、涙なんか出ないくらい
悲しいんだろうって思ったら喉から胸にかけてじくじくして、
涙と鼻水がずるずるぼろぼろ。

その日が一番泣いた日だったな。
おじさんは今も元気で、相変わらず俺たちと仲良しです。

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