夫が 「姑は認知症も無かったし介護はそんなに大変じゃなかったよな」 と言ったので私は思わず

同居の舅は15年以上前に見送りました。
舅が旅立って5年ほどして、
姑にも難しい病気が見つかりました。
歩くのがおぼつかなくなり、
手に力が入らず物を持ちにくくなる病気でした。
私は仕事や家事育児、PTAや地域活動をしながら介護をしました。
何年かに一度病状ががくっと悪くなるたびに
大きな病院で検査をしなければならず、
手に力が入らないため着替えるのも大変な姑が気落ちしないように
気をつけながら介護をしました。

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姑は健康とか病気とか治療とかにもともと関心が薄く、
医者の説明も正しく理解できないことのほうが多いため、
2週に1回の受診には必ず私が付き添いました。
夫は自営業なので、ときどき受診のさいに
行き帰りの車椅子を押して貰いました。
自分も姑の介護をしたんだと思って貰えるようにとの思いからで、
何が何でも夫でなければできないというものではありませんでした。

薬の飲み方など、私がしつこく言っても夫も姑も理解できず、
場合によっては命に関わる間違った飲ませ方をしていたことがあったのも、
私にとっては相当なストレスでした。
別の病気で手術が必要になった時に義姉に来て貰うかと姑に聞くと、
「義姉は私と同じで病院のことは判らないから、あんた(私)にいて欲しい」
と言いました。

義姉はときどき子供2人を連れてうちに見舞いを兼ねて遊びに来ましたが、
介護を手伝うでもなく、病院の足しにしてくれと
お金を置いて行くでもありませんでした。
そんな生活が15年近く続いて、姑は一昨年旅立ちました。
義姉は、最後の入院の費用5万円ほどを払っただけでした。

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今年、お正月に義姉が子供(両方とも成人)を連れて
食事に来たときに、夫が言いました。

「姑はたしかに長く患ったけど、認知症も無かったし
介護はそんなに大変じゃなかったよな」

それを聞いた義姉が「そうだね」と答えました。
私は思わず

「たしかに認知症は無かったのは良かったけど、
仕事や育児やいろんな活動をしながらの介護は大変だったよ。
姑だけじゃなくて、薬の飲ませ方も学ぼうとしないあなたも
見ないといけなかったんだから」

と言ってしまいました。
その瞬間場の空気は凍りつき、
義姉は鼻白んだように黙り込み、夫は無言でスマホを見るのみでした。

私は子供の頃から予想もつかないことを言われると
思考が固まってしまって何も言い返せず、
あとになってからああ言えば良かった、
こう言えば良かったと悔しく思うのが常でした。
でもこのときはこれだけだけど咄嗟に反論できて、
少し溜飲の下がる思いがしました。

介護というほどの介護をしたことが無い夫、
加えて経済的なことすら助けてくれたことのほとんど無い義姉が、
私の前で「介護は大変じゃなかったな」と言うことは許せませんでした。

義姉が帰ったあとでこの話しをすると夫は謝ってきたので
今回はこれ以上は追求するまいと思いますが、忘れてはやれないと思いますし、
そんな自分の心が狭いとも思いません。
以上です。

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