10年前のトメ
朝、夫と子供が出かけた後、私が洗濯をしていると
トメさん(ウトさんは鬼籍なので未亡人)が
すすす……と寄ってきた
「あのね(私)さん、今日、買い物に行く?」
「行きますよ」
「そしたらね、買ってきてほしいものがあるんだけど」
「いいですけど、じゃあ一緒に買いに行きませんか?」
トメさんは別に足が悪いわけでもないし、
時々一緒に出かけたりもする
「いいのいいの、私はいいの」
トメさんは顔の前で手を振って、
こそこそと新聞広告の切り抜きを取り出す
「これを買ってきてほしいの……」
切り抜きを受け取って思わず吹いてしまった
『木村拓哉写真集 武士の一分』
トメさんは木村拓哉とSMAPのファンで、
主演ドラマやスマスマは見逃さない
「駅前の書店で、ご自分で買ってくればいいじゃないですか」
「だってだって、こんなおばあさんが買ってたら恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしいってことはないと思いますけど………」
そこで私はトメいびりをしたくなり
「自分のことは自分でするのが、ボケの防止になりますのよ」
と洗濯を続けた
トメさんは困ったように立ちすくんでいたが、
意を決して身支度をして、出かけて行った
そしてホクホクしながら戻ってきて、
その日の午後は自分の部屋に立てこもっていた
夜に私と娘も見せてもらった 木村拓哉はかっこいい
今日のトメ
あれから夫が不倫して私達は離婚して夫は再婚し、
私は娘を連れて実家に戻った
夫関係の人達には全員元がつくけど、面倒なので省略
昨日はトメさんのお通夜だった
義姉から電話があって、
私がもう関係ないことはわかってるけど、
私とは仲が良かったし娘は可愛がられていたし、
無理にとは言わないけど参列してもらえないだろうかと
元夫(こいつだけ元をつけたい)の家族とは
離れたところに案内すると言ってくれるし
娘に聞いてみると行くというので、お通夜の焼香にだけ出かけた
顔見知りの義実家の親戚たちが愛想笑いしてくる
元夫と奥さんはこちらを見ない
義姉夫妻と甥姪が飛んできて、
甥姪は「おばちゃん!(娘)ちゃん!会いたかった!」
と言ってくれるのでほっとした
義姉によると、元夫が再婚してから
トメさんは認知症を発症したそうで
二階に立てこもって出てこなかったそうだ
(二世帯住宅ではなく、元は一階でトメさんが、二階で私達と娘が暮らしていたが
私と娘が出て行った後、トメさんがいつの間にか二階に移っていた)
一階で暮らす元夫や奥さん、
生まれた子供とも口をきこうとせず
彼らが二階に上がっていこうとすると「泥棒だ」と罵って追い返してしまう
連絡を受けた義姉が(引き取る気もあって)訪ねていくと
やはり「泥棒がいる」と言い張ったという
泥棒がいるならここを出て、うち(義姉一家)で暮らそうと言っても
頑として動こうとせず、何度訪ねても同じことだったので、
義姉としてもお手上げだったと
トメさんは一階が寝静まった夜中に一階に下りて、
食事やトイレや風呂を済ませていたのだが
3、4日前、台所や風呂を使った様子がないので
元夫が数年ぶりに二階に上がってみると、すでにひっそりと旅立った後だった
(掃除はしていたらしく、汚部屋ではなかった)
義姉は何もできなかったと自らを責めて泣いていたけど、
義姉には何の責任もないと思う
今日、元夫はあの写真集をお棺に入れてあげただろうかと、
それだけが気にかかる