中1の時に突然母と父に呼ばれ居間へ行くと 「この家にお母さんは必要か?」と聞かれた。

中1の時に突然母と父に呼ばれ居間へ行くと

「この家にお母さんは必要か?」

と聞かれた。

母は専業だったし、
家事が苦手で最初は頑張ってたんだけど
ながら家事が多くて、食べながら洗濯干したり
テレビ見ながら茶碗を洗ったりして
1つの家事をやるのに1時間かかるか途中でやってる事を
忘れる。

テレビ見ながらやるから水出したまま
手が止まってたり、全然汚れが落ちてなかったり、
洗濯は朝ドラが始まると洗濯機のそばを離れて
そのまま忘れて昼まで放置。

だから結局父がやるか私がやるか、
それもだんだん面倒になって来て
小学校高学年位から最初から自分でやるようになった。

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自分の茶碗が汚れてる事もないし、
お茶飲もうと思ったら湯飲みが無いとか
体操着も乾いてないとか皺々って事もなくなったし
快適だった。

そんなんだから我が家のマスコット的なポジションで
いつもコタツの中でゴロゴロしてた母。

家に必要かと言われたら居なくても
問題なかったので

「え?別に大丈夫だよ」

と答えたと思う。
嫌いとかではなかった、
単純に必要かどうか聞かれて
友達と旅行へ行きたいのかな?って思って

「居なくてもいい」

って答えたと思う。
そしたら翌日から母が居なくなってた。
と言っても

「旅行行ったのかな?」

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とか考えてるうちに
1ヶ月ぐらいが経ったんだけど、
本当に居なくても良かったみたいで
何も気にする事なくそのまま月日が経った。

高校入試ぐらいの時に、
あーあれは離婚するって事だったんだと
初めて気がついた。

今思うと薄情だなと思うけど。

多分小学生までは母を必要としてた気がするんだ、
授業参観や運動会来てもらおうと必死だったから…。
でも寝てて起きれなかったって
ボサボサの髪の毛で言われた事があって
その時多分凄く泣いたんだよね。
それ見て父が

「お父さんも行きたいからお父さんにも行事教えて」

って言ってくれて(プリントを母に渡してたから)
その次は父と母が来てくれたんだけど
そのうち母は来なくなって、
行事関係も父に言うのが当たり前になったって感じ。

それ以降も母を求めてたけど
きっかけは運動会で使うナフキンに
アイロン掛けて持ってくるようにって言われて(多分小2ぐらい)、
でも案の定出来あがってなくて
アイロン台の上に放置されてたんだよね。

母を急かそうとしたけど朝ご飯作ってて、
今声掛けたら朝ご飯食べれないって
子供ながらに思ってみように真似でアイロン掛けたのを
切っ掛けに、なんだ出来るじゃんって思って。
それからなるべく自分の用事は自分でやるように
なってくうちにそれが当たり前になって。

母の事は多分好きだったけど、
自分が成長するにつれておっちょこちょいな
ペットみたいな感覚として扱ってたと思う。

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