学生時代地下鉄で学校に通ってた。
その駅はかなり深いつくりで、
大きい駅じゃないからか狭くて急な階段だった。
毎日その階段を昇り降りして通学してたんだけど、
ちょうど毎日下校する時間に
階段でよくすれ違う男がいた。
多分27、8の痩せ型で黒髪、
ジャンパーにジーンズみたいなくたびれた格好。
時間的に仕事帰りっぽくて、
結構な頻度で見かけた。
いつもその男は階段を早足で
降りてくるんだけど、
私とか他の人が歩いていると、
わざと真正面から突っ込んでくる。
その駅の階段は、入って少し降りると踊り場、
Uターンしてまた降りると改札のフロアに
つくっていうつくりなんだけど、その男は
『入口から降りてきて踊り場へ→下から昇って
来ている人間を見て、わざわざその人の歩いている側に
寄る→一直線に降りる』 って感じ。
真正面から結構な勢いで来るから、
こちらが避けなければ思い切りぶつかるレベル。
男にぶつかって落ちるのもいやだし、
腹たちながらも毎回避けていた。
その男は必ず地味な女性を狙ってやっているみたいだった。
誰かが駅員に訴えたのか、
しばらくしたら階段に「譲り合って利用しましょう」みたいな
張り紙が貼られたりもしたけど、
やっぱり男は変わらず誰かに向かってかけ降りる、
を繰り返してた。
ある日いつも通り階段を昇っていると、
丁度その男と踊り場で一緒になった。
その日も階段の下を見てかけ降りていく男が
気になって後ろを振り返ったら、
丁度下から30代後半くらいの地味な感じの女の人が
登ってきてたんだけど、
いつも通り男が突っ込んでいき、
よろめきながら女性が避けた。
「うわやっぱり…」と思って見ていたら、
その女性がおもむろに履いていたパンプスを両足脱ぎすて、
降りていく男の方へ数段走り降り、
そのまま男の背中に体当たりした。
背は小さいけどがっしりした体型の女性だったから、
多分結構な衝撃だったんだと思う。
男は階段から両足が浮いてすごい勢いで落ちて、
手も出さずにモ◻に頭を階段に打った。
そしてそのまま動かなかった。
私は突っ立ったまま固まってた。
女性はまた振り返って数段昇ってパンプスを履き、
そのままこちらとは目も合わせず、
何事も無かったようにスタスタ階段を昇って消えていった。
私は横を向いて倒れたまま動かない男をボーッと見てた。
男を介抱しなきゃ、駅員さんに言わなきゃ…とか、
これは事件だから警察に言わなきゃダメだよなとか、
頭の中でグルグル回った。
でも男への憎さも湧き上がって、動きたくなかった。
自業自得だろとか、私だって前から腹が立ってた、とか…。
手のひらに汗かきながらグルグルグルグル考えてた。
ありがちだけど、長く感じたけど本当は
ほんの短い時間だったと思う。
改札の方からアナウンスがかすかに聞こえた瞬間にハッとなった。
そしてそのまま早足で階段を駆け上がって家に帰った。
男は助けなかった。
駅員のいる改札まで遠かったから、
男の落ちた音は聞こえなかったんだと思う。
人は来なかった。
家に帰ってからすぐ、駅まで続く大通りを救急車が
サイレン鳴らして走っていくのを見た。
それが男の為だったのかは分からない。
新聞には何も載らなかった。この事は誰にも言わなかった。
実家はちょうどその駅と次の駅までの
ほぼ中間(歩くと数分違うくらい)にあったから、
卒業まではもう一つの駅を使って通学した。
あれからもう10年以上たった。
学校を卒業して3年くらいたった時に、
駅の近くであの男を1度だけ見た。
変わらずジャンパーを着て、髪型も当時と同じで、
でも足を引きずるように歩いてた。
それが当時の事が原因かは分からない。
男をみても何の感情も沸かなかった。
正直、あの時男を助けず逃げたのは
人として失格だと思う。普通は男憎しより
救助が先に来るだろうと。
でも後悔だったり反省する気は無い。
一生ないと思う。
だからひっそり墓場まで持っていく。