離婚した元妻に引き取られた娘から電話があった「不倫して私を捨てた」。

離婚した元妻に引き取られ、
会うこともままならなかった娘から
不意に着信がありました。
久しぶりに連絡を取るので緊張しているのか
硬い声で「結婚の報告をしたいから会って欲しい。」
私はとても喜びました。

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次の週、少し離れた元妻の地元へ足を運び
待ち合わせ場所の喫茶店に入りました。
応対した店員に娘の席を確認し、
心を弾ませながら案内された席に向かうと
そこには元妻から送られてきた娘の成人式の写真より
ずっと綺麗になった娘が座っていました。

私は娘の向かいの席に座り笑顔で話しかけましたが、
娘は私を睨みつけ一言も喋ろうとしません。
娘の目を見ると、その奥底から滲み出て来るような
恐ろしい憎悪を感じました。
私は落ち着いて姿勢を正し、
何故そのような目で私を見るのか理由を問いました。
すると娘の口から信じ難い言葉が出て来ました。

「私が不倫し、元妻と娘を捨てた。
元妻がどれだけ苦労したか分かっているのか」

私は娘が何を言っているのか分からず
頭の中が混乱しました。娘は構わず

「あなたを父親だとは思っていないし
会うつもりも呼ぶつもりも無かったけど周りが煩いから
会いに来た。」

さらに畳みかけるように

「これまで何もして来なかったのだから最後くらいお金は出して欲しい。」

私が家庭を疎かにしたことを何度も頭を下げ、
心から謝罪をし幾度も復縁をお願いしても頑なに断ったのは
元妻のほうだ。
再婚はしているが不倫は断じてやっていない。
元妻が娘に会わせようとしなかったが
娘の為に養育費は出来うる限り出した。
私は怒りが湧き、声を荒げ強く否定しようかと思いましたが
ここは公衆の場。人様に迷惑がかかってはいけない。
そう思い必死で怒りを抑えました。

私は「いきなり答えを出すことは出来ない。
時間を貰いたい。」そう言って一旦別れました。

その日から私は落ち着いて熟慮を重ね、
私を恨んでいるのは元妻らが私を悪く教え込んだせいで
娘は悪くない。
娘の為だから費用は当然出す。娘と元妻の関係は良好で、
大切な結婚式を前に私が騒いで関係が拗れてはいけない。
結婚式にも披露宴にも出ないが娘の晴れ姿だけは
どうしても見たいから周りに気付かれないよう
披露宴を見せてもらう。

娘が幸せになってさえくれればそれでいい。
真実は落ち着いた頃に誰も傷つけないよう巧く話そう。
私は身勝手で、屈辱的な受け入れ難い要求を
条件付きで呑むことを決めました。

娘との面会以来塞ぎ込みがちになっていたのを
心配していた妻に丁寧に経緯を話し、
結婚費用の過半を出すことの了解を得、
三週間後、前回待ち合わせた喫茶店で娘にそのことを話し
渋々ながらも同意を得ることが出来ました。

数か月が経ち娘の結婚式の日、約束通り
スタッフの方の誘導で披露宴会場の目立たない場所から娘の晴れ姿と
誠実そうな新郎を見て安心し会場から立ち去ろうと思いましたが、
どうしても娘に直接お祝いの言葉とご祝儀が渡したく、
スタッフの方に娘と二人きりで話せるようお願いしました。

披露宴も終わり、娘が控室に戻った時刻に娘へ連絡を取って頂き
スタッフの方の計らいで用意された会議室で待っていると、
娘が入って来ましたが心底迷惑そうな表情でした。

ある程度予想はしていたものの、
私の祝福の言葉にもご祝儀にも冷ややかな反応しか示さず、
二次会があるからと言って
出て行こうとする娘を見て瞬間的に、

「このままでは娘に会えるのはこれで最後になるかもしれない。真実を話そう。」

無我夢中で娘の前に回り込み思わず両肩を掴みました。
その瞬間、娘は凄まじい嫌悪感を浮かべた表情になり
「触らないで!」平手打ちをされ、私は頬を手で覆いました。
娘は一瞬ハッとした表情を浮かべましたが
すぐに気を取り直して「もう二度と会わないで。」
そう言い残し、会議室から出て行きました。
私は口の中を切ったのか、頬を押さえていた手に血が付着しているのを見て
心の支えにしていた大切なひとつが
完全に崩れ去るのを感じました。

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それから二年、不意に登録されていない携帯番号からの
着信があり応対しました。
聞き覚えのある女性からで、会って欲しいと。
女性は、私が住んでいる地域へ出向いて来る。
そう言いましたが私は前回の場所で良いと断りました。

そして二年前に訪れた喫茶店へ再び足を運びました。
応対した店員に女性の席を確認し、
案内された席へ向かいました。
女性は私に気付くと急いで立ち上がりお辞儀をし、
わざわざ遠くまで呼び出した事を詫びて来ました。

私は何も言わず軽く会釈をし、向かいの席に座りました。
私は注文を済ませ、女性に用件を聞きましたが
女性は俯いたまま話し辛そうな様子で
黙っているばかりです。
もう一度用件を聞きました。

すると女性はぽつりぽつりと話し出しました。
女性の母親の家でふとしたことから私名義から、
毎月十数万の入金記録が残された通帳と
私が娘に宛てた手紙やお祝い品の数々を見つけ
母親に問い質すと、復縁を考えていた矢先に
私が再婚をしてしまったこと。

私の養育費を使わず娘を育て上げようと
決めていたものの、止むを得ず養育費に手をつけてしまう度に
私がそれ見たことかと嘲笑っているように思え、
悔しさと憎さで私のことを悪く言ってしまったこと。

気が付けば父親を憎むようになっている娘に愕然とし、
何度も本当のことを話そうとしたものの、
日々憎悪を深める娘に言い出すことができなかったこと。
娘が私と会うことを決めた時、気が気でなかったこと。
私の不倫は嘘だったことを告白しました。

女性は深く頭を下げ、

「早く会って謝りたかった。ひどいことをしてしまいました。ごめんなさいお父さん。」

「お父さん。」

願いが叶いました。
私の知っている気遣いの出来る心優しい娘がここにいます。
片時も忘れること無かった娘に、何もしてやれない娘に、
お金にだけは困らないように生活を精一杯切り詰め、
昇進して収入を増やし娘の為に少しでも多くの養育費を渡そう。
そう心に決め仕事に打ち込み
いつかもう一度娘から「お父さん」そう呼ばれる日が来るのを願い
努力して来た苦労が今、やっと報われたのです。

しかし、何の感情も湧くことはありませんでした。
私は

「そんなことはどうでもいい。私も一度だけ会いたかったんだ。」

鞄から現金の入った封筒を取り出し女性の前に置きました。
これが相続分及び将来発生するであろう慶弔費であること。
父親としての義務は全て果たしたこと。
もう関わらないことを話し、注文票を手に取り席を立ちました。

清算を済ませ店を後にし、
駐車場へ向かっていると娘だった女性が追いかけて来ました。

「本当に知らなかった。酷いことをしてごめんなさい。」
「お父さんが悪いと信じ込んでしまっていた。」
「これからお父さんと思い出を作りたい。」
「子どもが出来たらお父さんに会わせたい。」
「お父さんに恩返しがしたい。」
「行かないで。お父さん。お父さん。お父さん。」

涙ながらに懇願する娘だった女性を見ても、
やはり何の感情も湧きませんでした。
何も聞かされていなかった。信じ込まされていた。罪は無い。
そう思ってはいても、 大切な娘への思いは、
大切な娘との思い出は、色褪せ、霞み、掻き消され、
記憶の残滓が漂うだけでした。

駐車場に着き、かつては家族だった三人の幸福だった思い出が
残る私の古びた車に気付いて女性は立ち止まりました。
構わず乗り込もうとする私を女性は我に返り
必死で引き留めようとしました。

私は大切に持ち歩いている妻子の写真を少しだけ女性に見せ
車に乗り込み、立ち尽くす女性に目もくれずその場を去りました。

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