5歳ぐらいだったと思う。
俺の父親は出張の多い仕事で家を空けることが多かった。
母親が何かの病気で手術することになって、
その間、一ヶ月ぐらい祖父母の家に預けられていたことがあった。
祖父母の家は政令指定都市だが中央から離れてて、
まだ周囲には田んぼが残ったようなところの住宅地。
わりとすぐに同じような年頃の友達ができて、近所の公園でよく遊んでた。
ある日いつものように公園に行ったら、なぜかその日は誰もいなくて、
まあそのうち誰か来るだろうと、ひとりでブランコをこいで遊んでた。
そしたら同じぐらいの男の子がやってきて、
その子・A君もひとりだったから一緒に靴飛ばし(立ちこぎしながら靴を遠くに飛ばしたもん勝ちって遊び)してて、そしたらA君の靴が垣根の向こうに行って、探しても見つからない。
なので家に帰るけど、すぐ近くだから俺君もおいでよって言われて一緒に付いて行った。
そこは5階建てか6階建てか忘れたけど、
それぐらいの古い団地だった。エレベーターがなくて階段で競争しながら駆け上がって行った。
最上階のA君の家に入ったあと、ベランダに出て町を見渡して
「あそこがさっきの公園」って教えてもらった。
まわりは一戸建てばかりだったからすぐ分かって、
その公園から目でたどって祖父母の家も見つけた。
俺んちは一戸建てだったし、祖父母の家も一戸建てだったから団地とか
すごく珍しくて面白かった。
その日はそれだけだったけど、今度来た時は屋上に連れてってあげるよ、
って言われてなんかワクワクして楽しみにしてたけど、結局その後A君と会う事はなかった。
父が迎えに来る日を翌日にひかえた夜のこと、祖父母とごはんを食べながら、
A君との約束の話をしたら祖父母ともに首をかしげていた。
この近くに団地なんかないって言うんだ。あったってば。
自分の足で階段駆け上がったし。ベランダからの光景も目に焼き付いてるし。
でも翌朝、父が来るまでの間に祖父と散歩しながら近隣を探したけど、
本当に一戸建てか2階建てのアパートしかなかった。
そんなはずない!と思って、なんだか説明できないような感情が襲ってきて、
わーわー泣いてた。
でも結局、父が迎えてきて、母が元気になったよって言われたら
嬉しくてそんなことはすっかり忘れてた。
中学に入った年に祖母が亡くなり、そのお通夜の時になぜか急にそのことを思い出した。
祖父に、本当に団地に上ってベランダから町を眺めたのにって話したら、
祖父もその時のことを覚えてて、実際のところどうなのか分からないし
怖がるといけないと思って黙ってたけど、団地はあったらしい。
ただし、その2年も前に取り壊されていた。
団地というか、ある会社の社宅だったそうだ。
その社宅で何があったのか分からないけど、
取り壊しになったあとしばらく少年の霊が出るという噂話はあったらしい。
だけどその話を聞いても俺はなぜか“怖い”と言う感情にはならなかった。
A君との思い出は現実だったのか夢だったのか分からないが、
俺に兄弟がいないせいか、すごく楽しくて今思い出してもベランダから見た光景も、
A君の笑顔もキラキラしてるんだよなぁ。
だからもう思い出の一つとして残しておくことにした。