DV父「ひとり捨てて行けば離婚してやるよ」大好きな母や姉が泣いてるのを見て3歳だったけど残る事にした

親に捨てられた訳じゃないけど
最近母達に偶然再会した話です
再会してから知った話も交えて書きます

母29歳 長女9歳 次女5歳 俺3歳 三女半年

上二人は普通だったらしいが
俺と妹は父の母へ対するひどい扱いの結果生まれた

そして酷くなる一方の暴力の中で
母は子供を守るために離婚を決意
だけど離婚の条件が子供を一人置いて行く事。
お金も無い頼る当てもない
(当時父の絡みで母方の実家では勘当の身だったらしい)
なので裁判も無理

母は離婚をせず我慢した。
だけど暴力は止まず。

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「ひとり捨てて行けば離婚してやるよ」
(今でも忘れない)
と言って妹以外を叩く。 

言い忘れてましたが仕事はするが完全な酒乱

男の子だったし
大好きな母や姉が泣いてるのを見て
3歳だったけど残る事にした
そして父・母離婚 母達が出て行く時に
皆で泣いたのを覚えてる

そのあとはお決まりの裏切り者の子供として
痕が残るほどの虐待をされた
数年間はそんな生活が続き
小2の時に父死亡(酒が原因・突然死)

そして父方の祖父母に引き取られ
他県で育てられる
カウンセリングも受けた

祖父母は優しくて少し幸せだったけど
母達に会いたくて辛かった

小4の時、軽トラックで田んぼに突っ込み
祖父母が帰らぬ人に
そこからは中学卒業まで施設にいた

高校は以前家族で住んでいた所から
2つ市を跨いだ所にある学校を選んで合格
施設にいた時は勉強を結構したので
成績は凄く良かった。
そして祖父母の残した約200万を持って戻った。

園長親戚の伝手で
アパートの部屋も格安で借りてあった。
保証人は園長親戚
お金を無駄に出来ないので
アルバイトは賄いが出る所を選び(イタリアン)
200万を少しずつ切り崩しながら生活をした

学校→アルバイト→部屋で勉強・寝る
休みの日はバイト以外やる事がないので
勉強な毎日が2年間続いた

地元に戻った理由は
母達に会って元気な姿を見せたいが為だったんだけど
居場所も連絡先も知らから諦めていた
ただ何時かはとも思っていた

高校3年になって新任教師が入って来た
職員室に用があって担任と話していたら
俺の名前を呼ぶ新任女性教師がいた
最初は???状態 

一番上の姉だった

自分の担当クラスの名簿を見ていたら
弟と同姓同名・歳も一緒
躊躇したらしいが声を掛けたら
マジ弟で14年ぶりの再会

うちの高校の卒業生だったそうだ
職員室が凍り付く
皆俺が身寄りが居ない事を知っていたので
すごい喜んでくれた

職場なのに泣くし抱きついて来るし
嬉しいけど恥ずかしかった

色々話をした
母達の事・住んで居る所等

母は別れた後実家を頼って
3人を預けて派遣で働きに
そこで出会った男性社員と一年間付き合って結婚

5人で暮らすうち双子出産で7人家族になり
幸せに暮らしていたそうだ
近くに皆で住んでいることも聞いた

継父・双子・妹(俺の記憶無し)も
俺の存在は知っているそうで心配もされていた

俺を探さなかった理由も聞いた
継父に自分だけならともかく
3人の娘まで引き取って貰ってるので
我儘が言えなかったそうだ
あと俺が皆を恨んでるかもしれないとも
思っていたらしい

そんな訳ないのにね
自分で選んで残ったんだけどね

父が死んだこと
祖父母も死んだこと
施設に居たこと
2年間一人暮らしを話した

アルバイトに行かなくてはいけないので
携帯番号を交換してその日は帰った

姉は仕事を終わらせ家に帰り皆
に担当クラスの生徒の中に俺が居ると伝えた
バイト終わりで
姉からの不在通知(多数)があったので連絡した

母・下の姉(号泣)とは全然会話にならず
電話では足りないので住所を教えて
休みの日にアパートに来てもらう事にした
会えるのが楽しみだった

当日約束の時間1時間も早く到着
母が我慢が出来なかったそうだ

7人全員来てしまったので部
屋には入りきれずファミレスへ

上の姉とは学校で話をして
情報交換はお互い出来ていたので
母達は緊張で不安そうだったが
俺はあまり緊張しなかった

母達の緊張は幼い俺を
置いて出て行ってしまったものからくる
緊張だった
ファミレスなのに泣かれた
お客さんが少なくてよかった

俺と母達の見解が違う
結果的には離婚の為に父の元へ
息子を置いて行ったことになるんでしょうが
俺は3歳だったけど
自分で残ると選択した結果なので納得していた

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罪悪感を抱えて生きてきたそうだ
母には納得できていない部分が多かった
(今も納得してないだろう)

姉2人も
年が上の自分が残らなかった事を悔いてた
誰が残っても虐待はされていた
姉が残った場合もっと酷い虐待も
(間違いなく父ならやった)

父が存命してる可能性も考えたら
妊娠の危険性も考えられる
当時3歳だったので
男の子だから残っただけだったけど
俺の判断は正しかったんじゃないでしょうか

姉も分かっていたのだろう納得してくれた

あとは比較的軽い世間話をして緊張を解いて行った

継父は優しそうで
頼りになりそうなニコニコしたオジサンで
母と出会い結婚出来たのは
俺のお蔭と考えてくれた人だった

継父・母・姉が言い聞かせ続けたのだろうか
実妹(中3)・双子(女×2 小6)も
最初は緊張状態だったが凄く好意的だった

世間話で緊張を解いて本題に
また一緒に暮らしてほしいと母に言われた
7人で話し合って決めていたそうだ
無条件で受け入れようとしてくれたのは
ありがたかった
ありがたいけど俺はそうもいかない
7人は分かっていない判断を急ぎすぎている

血は繋がっているが
14年間別々の生活をしてきた溝がある
幸せになれた母達
正反対の暮らしだった俺

長い年月をかけて出来上がった
7人家族の幸せの中に
俺が加わって大丈夫なのかという疑念や
傷つけてしまうかもしれない恐怖

それ以前の問題で
慣れる事が出来るのだろうかという思い
俺が加わって家族が壊れてしまったら
意味が無い事を全て話し
一緒に暮らす事は辞退

母・姉にはごねられたが時間をかけて説得

ならば金銭面や色々な援助をしたいと言われる
上の姉は既に働いているが
下の姉(大2)・妹(中3)・双子(小6)は
まだ親に頼らなくてはいけない

俺は金銭面については何とかなっているので
現時点での金銭援助は辞退
ただ将来的に問題が起きて
お金が必要な時はお願いをする事でOKを貰う

実際には大学の費用で悩んではいた
(払って貰う訳にもいかないので内緒)
奨学金かなぁと思っていた

時々で良いから会って話したり
ご飯を一緒に食べたいと言った
(全員不満そうだった)
困った事があったら
随時お願いすることで了承してくれた

あと母実家に行って
母方の祖父母や親戚達に会って欲しいと誘われた

その時に初めて聞いたが
母は5人兄弟の三番目で長女
(長男・次男・母・次女・三男の順)
実家は市内にあって
兄弟達もそれぞれ独立しているが市内に居た

俺は母一族の生活領域に越して来た事になる
知らなかった驚いた

従兄弟の数も結構多く
殆どが市内に残って暮らしていた
集められるだけ集めるから来てほしい言われた

問題無くこころよく了承

親族には受け入れてもらいました
そのあと母達とは別々の暮らしですけど
仲良くしてました
体調面で支障が出て一人暮らしを断念
継父と養子縁組して一緒に暮らし始めます

家族に馴染めず不安が現実になります
家族全体の雰囲気が悪くなりましたが
まわりの助けや助言があって
無理に馴染もうとせず
寄り添うように暮らしていこうと思い直します

少しずつ甘えられるようになり雰囲気も良くなりました

大学は奨学金を考えていましたが教師の姉にばれ
母や姉・祖父母叔父叔母にまで説教をされます
結果大学費用は祖父母が払ってくれることに
そして無事大学合格で高校卒業

支えてくれた人たちの中に
以前から好きな女性がいて
卒業してから数日後告白
両想い判明で恋人に
大学に通いつつアルバイトしつつ
ばれない様に水面下で交際

先週末母実家でバーベキュー開催
一緒に行き紹介サプライズ

上の姉・妹・従兄弟の一人は彼女を知っているので
恋人として連れて来た事にドン引き
彼女自己紹介で全員ドン引き
俺が卒業してからの関係なので渋々了承
サプライズ成功

彼女を家に送り届け帰宅後
待ち構えていた母・姉×2・妹から
烈火の如く説教
継父・双子その場の状況を楽しむ
説明と弁解をして家に招待して
正式に紹介すると約束
です

再会した当初は
ここまで上手くいくとは思いませんでした
まだまだ確かめたり
積み重ねていくことが多いですが
今は家族に囲まれ幸せを感じ生きています

信じていただけるのでしたら
こんな奴も日本の何処かにいると
心の片隅にでも置いておいてください

もっと詳しく続き書けって人が居たら書きます
ちなみに彼女とはまだ清い関係です

では一般人に戻ります
ありがとうございました

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