私は中学生までピアノを習っていたんだけど、ある日学校から帰ると自宅のピアノが忽然と無くなっていた。

もう20年近く昔の話。
私は中学生までピアノを習っていたんだけど
習って10年くらいのある日、
学校から帰ると自宅のピアノが忽然と無くなっていた。

何事かと母に聞くと
「あら~ぁ…気付いた~?」と馬鹿にするように舌をベローッと出した。
「たまたまね、母子家庭でピアノが欲しいって人がいたの
ピアノを習わせたいけど買えないって可哀想なひとなのよ?
まだ小学校3年生と幼稚園の女の子だってよ?」
ピアノの移動代から調律代まで家計から負担して
私の今までの教材楽譜もメトロノームも付けて差し上げたらしい。
小遣いでコツコツ買って練習した全音ピアノピースも全て無くなっていた。

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そして、ピアノ教室と父(ピアノに無関心)には
「あの子が急にピアノを辞めたいと言い出した」と憤慨気味に説明してた。
ピアノのあった場所で善行をした達成感を満足気にベラベラ話していた母は
今ではピアノの事なんて覚えちゃいないどころか
「アンタは習い事やらせても続かない弱虫だからね!」
と、ちょっと揉めると非難された。

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私、中学までは将来ピアノの先生になるのが夢だったのにな。
母にピアノで迷惑は掛けていなかったはず
そもそも、私が幼稚園のときに習わせたのは母だから。

母は会話の駆け引きというか
怒りと泣き、押しと引きの使い方がうまくて、とても私が思うように会話が成り立ちませんでした。
それは今でもですが…

私自身の辞めたい辞めたく無いの主張の前に
学校にいる間にすでにピアノが無くなっていましたから。
待っていたのはお礼の菓子折りをモコモコ頬張る母でした。

「ピアノが無くってもイメージで練習しなさい」
みたいに言われて、無理だと泣いたら
「じゃ、アンタのピアノなんかその程度よ」でした。

たしかに、芽を摘み取るような事は何度もあったかも
あと、使い込んだ思い出の品は直ぐに捨てられました
卒業式の後のゴミの日にはランドセルや制服を速攻で捨てられていましたね。

私が怒って文句を言っても、母の過去の悲しい話を始めて
時には見ず知らずの(実在するかも解らない)人の不幸話をして
私に罪悪感を植え付ける終わり方に話を持って行きます。

私はお誘いや物事を断るのがとっても苦手でして
今では境界性やら自己愛っぽい人に粘着されやすい日々です
彼らの嗅覚は凄いw

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