先生を好きになった友人が壊れた

私もAも中高一貫の私立校で、中学までAの成績は普通だった。
でも高校に進学した途端Aの成績はうなぎ上りにあがっていった。
理由は、Aが英語の先生に恋をしたということ。
Aは授業のない日も質問するため必死に英語を勉強して、
テストも学年1位とか珍しくなかった。
先生も裏で「あの子はすごいんだよ」
と嬉しそうに褒めていたという。

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2年生になると、なんとその先生が副担任になった。
Aが泣きそうに喜んでいる姿は周りから見ても幸せそうだった。
英語を集中的にやっていたAは、
「これからは全教科できるようにならなくちゃ」
と決意を固めていた。
そのクラスは去年と違ってA以上にできる人間が
いるとは思えなかったけど、Aは前にも増して勉強してた。
夏が始まるくらいの頃にとうとうAは過労で体を壊した。
どんどん重症化し、一度倒れて担架で運ばれる事態になってからは
本当に笑えなくなった。

2週間くらい経って、Aが机に座って突っ伏しているということがあった。
例の先生の授業の前に。
先生が入ってきて授業が始まってもAは動かなかった。
先生は困った顔で
「えー…コレどうしよう」
「保健委員~コレなんとかしてよ笑」
Aは『コレ』と呼ばれ、先生が持っていたもの
で頭をはたかれた。5分くらいネタにされ続けた。
するとAはぐらりと首を回転させ、
椅子から転げ落ちるように倒れた。
そこでようやく担架が呼ばれた。
授業後に保健室を訪ねてみると、意
識を取り戻したAは私を見て泣き出した。怖かった、と。
後ろから先生が来た。Aは悲鳴を上げて彼を拒絶した。

それからAは先生を見るたび過呼吸を起こすようになった。
Aは全て聞いていたという。
熱で保健室に行くどころか
話すことも動くこともできないなか、
自分を『コレ』と呼び、頭を叩き、嘲笑う先生の声を。
「殺されるって思っちゃったんだ」Aはそう泣いた
。大げさといえば大げさだった。
先生のしたことはちょっとしたからかいにすぎない。
それでも、誰より憧れていた人間に、
あんな状況で、私だったら耐えられただろうか?
Aも、体調のいい時だったら笑って流しただろう。
別の先生にされたことなら、
その先生を嫌いになって終わっただろう。
なのにAは先生を嫌いになれなかった。
その代わりに激しく恐れるようになった。
先生の授業に出られないほど。
先生の目も死んでいった。
泣いている姿が生徒にさえ見られるようになった。
担任の意向でAは休学。
夏季授業も夏休み中も、会うことはなかった。

2学期の始業式にもAの姿はなかった。
ただ、Aについて学年中にある話が届けられた。
記憶障害という病名だった。
たぶん、先生への好意と恐怖が共存しきれなかったんだろう。
Aはもう何も憶えていなかった。
復学してきたとき、Aは元のように明るい子になっていた。
必死にクラスに溶け込もうとしていた。
私に対して敬語で話すのはあまりに滑稽で笑ったけど、
家に帰ってから泣いた。
だけどAは治療と共にゆっくりと記憶を取り戻していった。

「先生のことを忘れてしまいたいと思ったら、
ほんとうに忘れてたよ。人間って怖いね。」

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「なんでみんなのことも忘れちゃったのかな。ごめんね」

一度封じ込めてもなお思い出してしまうほどの強い気持ちは、
好意だったのか恐怖だったのか。

Aはそのまま狂っていった。
先生を見て過呼吸を起こさなくなった代わりに、
激しい憎悪を彼に向けるようになった。
彼の授業はずっと寝ていた。
そしてテストで1位をとっては
「あいつの授業は私の自主勉以下w」と本人の前で嘲笑った。
人があれほど人を憎むところを私は今でも知らない。
先生は怒らなかった。2学期はそのまま終わった。
3学期も状況は変わらず、
やがてAと先生はかつての関係など無かったかのように
互いに激しく憎み合うようになった。
そのまま3月がきて、先生は別の学校へと去っていった。
最後までAと仲直りすることはなかった。
彼はAに向かって
「仲直りしたいとも思わない。もう会いたくない」
と告げたことがあったらしい。

私はずっとAも先生も見ていた。
先生は本当にAを憎んでいたかもしれない。
Aは、本当に先生がすきだったんだと思う。
先生に対してひどいことを言うたび、
隠れて泣くのはAの方だった。あの子は毎日泣いていた。
Aは判ってた。自分が先生を見て過呼吸を起こし続ければ
やがて先生の心も壊れると。

だったらいっそ、と先生を憎むフリをし続けた。
そうすれば先生も自分を憎むだろう。Aは言ってた。
恐怖を抑え込みAは自分より先生を選んだ。
最後まで演じきり、今、Aは完全に壊れている。
Aと先生が付き合う未来は無かっただろうけど、
もっと幸せな形はなかったんだろうか。
Aがどれだけ先生に憧れ先生を想っていたか、
少しでも今の彼に伝われば、Aは戻ってくるんだろうか。

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